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【クラシック大全第2章】人間ドキュメント: 隠されたストーリー

放送日時 7月12日(火)21:00~22:05
1759年ジョヴァンニ・グァダニーニ製作の大変珍しいチェロを使用するソル・ガベッタは、その美しい可憐な容姿からは想像できない力強く情熱的な演奏で、世界中の音楽ファンを虜にしている。この番組は、エルガーやシューマン、ショスタコーヴィチ、ブロッホ、ヴィヴァルディ、シューベルトなどのリハーサルを中心に、彼女自身のさまざまな想いと関係者のコメントを通じて、ソル・ガベッタの生き様と音楽観を紹介するドキュメンタリー。ヴァイオリニストの兄アンドレス率いる古楽器アンサンブル「カペッラ・ガベッタ」とのフレッシュなヴィヴァルディ、彼女の幼少時代のレッスン風景やチェロ演奏を収めた古いホームビデオなど必見映像が満載。
[出演]ソル・ガベッタ(チェロ)アンドレス・ガベッタ(兄/ヴァイオリニスト)イレーネ・ガベッタ(母)アントニオ・ガベッタ(父)クリストフ・ミュラー(パートナー/マネージャー)マルティン・ハウプト(ヴァイオリン製作者)ペーテリス・ヴァスクス(作曲家)クシシュトフ・ウルバンスキ(指揮者)ロリン・マゼール(指揮者)ジョヴァンニ・アントニーニ(指揮者)レナード・スラトキン(指揮者)
[演目]エルガー:チェロ協奏曲ホ短調Op.85(指揮:クシシュトフ・ウルバンスキ/演奏:バンベルク交響楽団)ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第1番変ホ長調Op.107(指揮:ロリン・マゼール/演奏:ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団)ヴィヴァルディ:チェロ協奏曲ヘ長調RV410/ヴァイオリン協奏曲集Op.8『四季』~冬(ヴァイオリン&指揮:アンドレス・ガベッタ/演奏:カペッラ・ガベッタ)シューマン:チェロ協奏曲イ短調Op.129(ジョヴァンニ・アントニーニ指揮バーゼル室内管弦楽団)シューベルト:ピアノ三重奏曲第2番変ホ長調D.929,Op.100(チェロ:ソル・ガベッタ/ヴァイオリン:バイバ・スクリデ/ピアノ:ベルトラン・シャマユ)ブロッホ:ヘブライ狂詩曲『シェロモ』(指揮:レナード・スラトキン/演奏:ベルリン・ドイツ交響楽団)チェラム~無伴奏チェロのための『本』第2曲「ドルチッシモ」(チェロ・ソル・ガベッタ)ヴァスクス:チェロ協奏曲『プレゼンス』(ヴァイオリン&指揮:キャンディダ・トンプソン/演奏:アムステルダム・シンフォニエッタ)
[監督]アンネッテ・シュライアー
[制作]2013年
初回放送 7月19日(火)21:00~22:05
1930年代後半から1950年代に活躍したスターダンサー、ミア・スラヴェンスカの波乱の生涯を、彼女の愛娘マリア・ラマスが辿るドキュメンタリー。1940年代米国でのバレエ・リュス・ド・モンテカルロの活動や、海外バレエ団として戦後初の来日カンパニーとなったスラヴェンスカ・フランクリン・バレエ団の実態など、これまで日本ではあまり知られていないバレエ史の一面がわかる。1916年クロアチア(当時のユーゴスラビア)生まれ。わずか7歳でザグレブ国立オペラ劇場の舞台に立ち、1936年ベルリン・ダンス・オリンピックで金メダル。パリに移住してから映画監督ジャン・ブノワ=レヴィに発掘され映画『白鳥の死』に主演。1938年にバレエ・リュス・ド・モンテカルロに入団。1952年にフレデリック・フランクリンとスラヴェンスカ・フランクリン・バレエを立ち上げ、テネシー・ウィリアムズの戯曲『欲望という名の電車』のバレエ版で主役ブランチを演じ高く評価される。引退後は後進を育成し、2002年死去。この番組は、1983年に撮影されたミア・スラヴェンスカのインタビュー映像、バレエ・リュス時代の『コッペリア』『ドン・キホーテ』、スラヴェンスカ・フランクリン・バレエ『欲望という名の電車』、アレクサンドラ・ダニロワ、ダニロワ・クラソフスカ、アリシア・マルコワと共演した『パ・ド・カトル』など貴重映像が満載。彼女の人生と功績から、20世紀中盤の時代と社会、そして(特にアメリカの)当時のバレエ界が見えてくる。
[出演]ミア・スラヴェンスカ(ダンサー)フレデリック・フランクリン(ダンサー)マルコム・マッコーミック(舞踊歴史家)マヤ・ドゥリノヴィチ(舞踊歴史家)リン・ガラフォラ(バーナード大学舞踊教授)エドワード・ヴィレッラ(ニューヨーク・シティ・バレエプリンシパルダンサー)テッド・スプレーグ(ダンサー&振付家)ミッチ・ゲイナー(女優ダンサー)他
[監督]マリア・ラマス&ケイト・ジョンソン
[制作]2013年
ソル・ガベッタの魅力
2008年のグラミー賞にノミネートされるなど、21世紀を担うチェリストの一人として世界的な活躍を続けているソル・ガベッタ。彼女は、ジョヴァンニ・グァダニーニが1759年に製作した大変珍しいチェロを使用しており、その美しく可憐な容姿からは想像がつかないほど力強く情熱的な演奏で人気を博している。
このドキュメンタリーでは、彼女のリハーサル映像をベースに置きつつ、本人や共演者、関係者などのコメントをふんだんに織り込み、彼女の人柄や音楽性に深く迫った内容になっているのが見どころだ。
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ガベッタは、1981年にフランス系ロシア人の両親の下、アルゼンチンのコルドバに生まれた。番組内では両親と兄でヴァイオリニストのアンドレス・ガベッタが登場。彼女の活動を全面的にサポートするガベッタ家の温かく強固な家族関係や、チェロを始めるまでの“意外な遍歴”(最初にやりたがった楽器も、実際に最初に触った楽器もチェロではなかったこと)が語られる。また、その会話の流れから、幼少期の貴重な演奏映像も公開。そこでは、彼女の持ち味である芯のある艶やかな音色と雄弁で堂々たる語り口が、当時から既に備わっていたことが明らかになる。
番組の中核をなすリハーサル風景は、エルガー、シューマン、ショスタコーヴィチ、ブロッホ、ヴィヴァルディ、シューベルトなど、様々な作品を収録。共演者も多彩で、冒頭のエルガーのチェロ協奏曲では、日本でもおなじみのクシシュトフ・ウルバンスキが指揮を務めている。ガベッタは、2009年にマリオ・ヴェンツァーゴ指揮デンマーク国立交響楽団との共演で同曲を録音しているので、両者の聴き比べもお薦めだ。
また、ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番では、亡き巨匠ロリン・マゼールと共演。彼の明晰な指揮姿に加え、ガベッタの才能を高く評価するコメントが収録されているのも嬉しい。
そんな盛り沢山な番組の中でも、とりわけハイライトと言えるのが、ラトヴィアの現代作曲家ペーテリス・ヴァスクスが作曲した「グラーマタ・チェラム~無伴奏チェロのための『本』」とチェロ協奏曲『プレゼンス』。前者はでガベッタが驚くほど美しい歌声で歌いながら演奏する姿が、後者では彼女のために書かれた本作の世界初演に至る舞台裏が、それぞれ詳細かつ精彩に記録されている。
エルガーの協奏曲を得意としたり、音楽にすべてを捧げるような演奏姿に接したりする中で、筆者はガベッタをジャクリーヌ・デュ・プレに重ねるように捉えてきた感がある。だが、ガベッタの古楽奏法に精通した解釈や、作品や音楽そのものに向き合う姿勢を番組で目の当たりにし、考えは大きく変わった。
時代は確実に流れ、進化している。
ガベッタとデュ・プレは、いい意味でまったく違うし、だからこそ似ているようにも思えるのだろう。
そして、何より間違いないこと。ガベッタが、男女の性差を越えて、当代の最も偉大なチェリストの一人であることを、この番組はまざまざと教えてくれる。
渡辺謙太郎(音楽ジャーナリスト)
渡辺謙太郎 Kentaro Watanabe
音楽ジャーナリスト。『ぶらあぼ』『intoxicate』『ぴあ』『イープラス』等に執筆するかたわら、雑誌や書籍の編集にも参画。近著に『クラシックソムリエ検定 公式問題集』(ぴあ/共著)。
ミア・スラヴェンスカについて
ミア・スラヴェンスカは、1940〜50年代には世界で最も有名なバレリーナのひとりだった。その後はバレエ教師として生き、しだいに忘れられていった。現在、彼女の名を知るバレエ・ファンは少ないだろう。スラヴェンスカ自身、そのことを意識していて、自伝を書いていた。生前からそれを知っていた彼女の娘が製作したのが、ポートレート『ミア・スラヴェンスカ』だ。
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この名前からすぐに、バレエ映画の古典的傑作『白鳥の死』を思い出す人もいるだろう。パリ・オペラ座のプリマ・バレリーナ(イヴェット・ショヴィレ)に、外部からライバル(ミア・スラヴェンスカ)がやってくる。プリマの熱狂的ファンだった少女(ジャニーヌ・シャラ)が、そのライバルがプリマを侮辱したと誤解し、舞台に細工をする。そのためライバルは大怪我をし、再起不能になる。教師になった彼女は、少女を可愛がるが、その少女が犯人であることを知る。だが憎しみを乗り越えて、教師として少女を育てようと決意するのだった。ショヴィレは20世紀のパリ・オペラ座を代表する大バレリーナだが、この映画の当時(1937)は、技術的にはまだ未熟だ。対するスラヴェンスカは、すでに世界的なバレリーナだったが、いま見てもその踊りはすばらしい。
スラヴェンスカは1916年にクロアチアで生まれ、6歳で初舞台を踏み、18歳でプリマ・バレリーナになったが、政情不安なクロアチアから国外に出て、1936年、ベルリン・オリンピックと同時開催された国際舞踊コンクールで優勝した後、パリに進出した。
この番組で初めて広く知られることになった事実は、彼女が古典的なバレリーナではなく、モダンダンスの自由な表現に傾倒していたことだ。それが後に「演技派」という称号を彼女にもたらすことになる。
やがて彼女は、ディアギレフのバレエ・リュスの後継バレエ団であるバレエ・リュス・ド・モンテカルロで、超絶技巧を誇るダイナミックなプリマ・バレリーナとして活躍するようになるが、それに満足できず、1950年、フレデリック・フランクリンと、スラヴェンスカ・フランクリン・バレエを結成した。名称には現れていないが、このバレエ団にはアレクサンドラ・ダニロワがつねにゲスト出演していた。このバレエ団は世界中をツアーし、1953年には来日している。牧阿佐美はこの来日公演がきっかけでアメリカに留学し、ダニロワに師事することになる。この番組には来日公演時の貴重な映像が含まれている。
バレエ『欲望という名の電車』というと、ジョン・ノイマイヤーの作品が有名だが、スラヴェンスカ・フランクリン・バレエの最大のヒット作となったのは、ヴァレリー・ベティスのモダンダンス的な振付による同名のバレエ(1952年初演)で、これは来日公演でも上演された。かなりエロティックなバレエで、それまでダイナミックなテクニシャンとして名を馳せていたスラヴェンスカの演技が絶讃された。
1960年代に入ると、スラヴェンスカは第一線を退き、バレエ教育に専念するようになる。この番組を観ると、1940〜50年代の世界のバレエ界がまざまざと蘇ってきて、興味は尽きない。
鈴木晶(法政大学教授・舞踊評論家)
鈴木 晶 Shou Suzuki
法政大学教授、早稲田大学大学院客員教授。舞踊史。著書に『オペラ座の迷宮』『バレエ誕生』他多数。訳書は『ディアギレフ 芸術に捧げた生涯』他多数。現在、「ミュージカル映画の黄金時代」を執筆中。「ダンスマガジン」他に舞踊評を寄稿。
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