2019 / 06 / 21
「ボリショイ・バレエ in シネマ Season 2018-2019」で上映される『ペトルーシュカ』の振付家エドワード・クルグ氏にインタビュー

『ペトルーシュカ』©Damir Yusupov
ロシアの名門「ボリショイ・バレエ団」のステージを全国の映画館でお届けする「ボリショイ・バレエ in シネマ Season 2018-2019」。最後を飾るのは『カルメン組曲/ペトルーシュカ』(6月26日(水)上映)。クラシカ・ジャパンでは、世界初演となる『ペトルーシュカ』の振付家エドワード・クルグ氏にメールインタビューを行い、作品の見どころやクルグ氏の音楽観などを伺った。
メールインタビュー:クラシカ・ジャパン編成部/翻訳&文:長野由紀(舞踊評論家)
──クルグさんといえば、レディオヘッドの楽曲を使用した『レディオとジュリエット』がとてもインパクトがありましたが、クラシック音楽とロック音楽では、やはりバレエの振付が異なってきますか?
僕はいろんなアーティストの作品を使いますが、創作しているうちにどの曲も“お気に入り”になって来るんです。異なるサウンドや美学を行き来するのは、いろんな種類の料理を味わってみるようなものですね。一つひとつが新鮮に感じられて、それが創作へのアプローチに直接影響します。でも振付を決めていく上で音楽よりも鍵を握るのは、それがどんな主題の作品であるのか。文学的なテーマ、あるいは文学作品そのものに基づいたバレエだと、他とは作り方が全然違ってきます。『ペトルーシュカ』も、まさにそうでした。

『ペトルーシュカ』©Elena Festisova
僕は昔からストラヴィンスキー中毒といっていいくらい、この作曲家の音楽が好きでした。2012年にマリボール・バレエで『春の祭典』を振り付け、これは後にチューリヒ・バレエでも上演されました。2013年にはフランダース・ロイヤル・バレエに『結婚』を振り付けたので、今回の『ペトルーシュカ』は僕にとって3つ目のストラヴィンスキー作品になります。ボリショイから新作の依頼があり、これを作りたいという提案を受け入れてもらえたときには、本当にうれしかったです!
『ペトルーシュカ』は、ロシアの文化にとって、そしてそれ以上に人々の心の中で、たいへん重要なのだと実感しています。もともとは遠く離れたパリで初演されたにもかかわらず、ロシア人はこのフォーキン版が大好きなんです。
装置、衣装、振付、そしてそれ以上にもちろん音楽と、すべての要素がロシアの民間伝承や伝統から注意深くすくい上げられたものなのです。それらの要素を自分の新作に溶け込ませ、『ペトルーシュカ』の物語を“里帰りさせる”ことが、僕にとっては最大のチャレンジでした。

『ペトルーシュカ』©Elena Festisova
作曲家自身が改定した1947年版を使っています。
──『レディオとジュリエット』は、ロミオの死後、もしジュリエットが命を絶たなかったらという仮定で、ジュリエットの内面を描いたものでした。今回の『ペトルーシュカ』は、基本的にオリジナルのストーリーの踏襲ですか。それとも何か新たな視点を加えていますか?
『ロミオとジュリエット』も『ペトルーシュカ』も、愛の魔法と悲劇を描いた物語です。ロミオもジュリエットもペトルーシュカも、全員が禁じられた愛の犠牲者ですよね。ペトルーシュカは木の人形で、なんとか今の境遇を打破して、ずるい人形遣いの元を逃げ出したいと願っています。本物の感情を抱き、それを誰かと分かち合いたい。私達人間にとってはそんなことは当たり前すぎて、どうかするとその価値を忘れてしまう。ところが哀れなペトルーシュカはバレリーナを愛するあまり人形としての自分の命を捧げ、いっぽうロミオとジュリエットは、この世での命を永遠の愛と引き換えにするのです。
──実際に振り付けて、他のバレエ団とは異なるボリショイ・バレエ団の際立った特徴とは?そして、そのようなボリショイの個性に合わせて、今回はどのような振付を試みましたか?
親しい知人が初日の後、「いつものボリショイとは違って見えた」と言ってくれました。私にとってこれは大きな褒め言葉でした! そして私自身も、この『ペトルーシュカ』は過去の自分のどの作品とも似ていないと感じています。『ペトルーシュカ』という題材を選んだから、そうなったのだと思います。今回はどんなスタイルで振り付けるのか聞かれて、私は“ペトルシャック・スタイル”でと答えていました。いうなれば、ペトルーシュカという素晴らしいおとぎ話をボリショイの素晴らしいアーティストを通して語り直すこと。それが、私のゴールだったのです。ダンサーたちは新しいスタイルを自然に、そしてひじょうにクリエイティブな姿勢で受け入れてくれました。

エドワード・クルグ ©bolshoi.ru
オリジナルの台本に基づきながらも、既存のものとは違った振付言語を用い、また装置や衣装という視覚面でも、ロシアの伝統に由来する文化的な本質を強調しました。そこに注目してほしいです。
──あなたの新作が世界中の映画館で上映されることを、どのように思いますか?
シネマ・ライブというアイディアは、じつに素晴らしい。芸術をより広い層に届けるために、とても有効な方法ですね。私が今いるスロヴェニアのマリボールでも、大成功でした。このような小国の一都市だと、ふつうならボリショイの新作を高画質で観ることなど思いもよりませんから、反響も大きく、みんな大喜びしていました。
──日本の皆さんにメッセージをお願いします。できれば、バレエファンだけでなく、クラシックやロックなどジャンルを問わず音楽を愛する人たちにも向けて。
皆さんに私の作品を体験していただけることを、そして『ペトルーシュカ』という人類共通のおとぎ話を、ダンスという共通の言語を通して分かち合えることを、とてもうれしく思っています。
ボリショイ・バレエ in シネマ Season 2018-2019
『カルメン組曲/ペトルーシュカ』
6月26日(水)19:15上映
<カルメン組曲>
音楽:ジョルジュ・ビゼー、ロジオン・シチェドリン
振付&台本:アルベルト・アロンソ
原作:プロスペル・メリメ『カルメン』
出演:スヴェトラーナ・ザハーロワ(カルメン)デニス・ロジキン(ドン・ホセ)ミハイル・ロブーヒン(エスカミーリョ)ヴィタリー・ビクティミロフ(コレヒドール)
<ペトルーシュカ>
音楽:イーゴリ・ストラヴィンスキー
振付:エドワード・クルグ
出演:デニス・サヴィン(ペトルーシュカ)エカテリーナ・クリサノワ(バレリーナ)ドミトリー・ドロコフ(ムーア人)ヴィヤチェスラフ・ロパティン(魔術師)
https://liveviewing.jp/contents/bolshoi-cinema2018-19/
長野由紀 Yuki NAGANO
1990年代初頭から、舞踊評論、翻訳に携わる。ダンスマガジン(新書館)、日本経済新聞、Dance Europe(London)、公演プログラム等に寄稿。テレビ番組の解説、カルチャーセンター講師等を務める。著書に『バレエの見方・新装版』(新書館)他、訳書に『バランシン伝』(テイパー著、新書館)、絵本『ブロントリーナ』(ハウ著、同)、共訳書に『オックスフォードバレエダンス事典』(平凡社)。また新国立劇場バレエ団オフィシャルDVD BOOKSシリーズ(世界文化社)の編集アドヴァイザーを務めた。