2019 / 06 / 27
マグレブの筋肉美~南仏の荒ぶるコンテンポラリーダンス~海野 敏(東洋大学教授・舞踊評論家)

エルヴェ・クビ『蛮族たちの夜、あるいは世界の始まりの朝』©Nathalie Sternalski/Michel Cavalca/Stephane Chazelon/Bruno Ruefli/Pierre Magnol/Guillaume Gabriel/Nicolas Le Lievre
振付家エルヴェ・クビのメッセージ
筋骨隆々たるアフリカ系の男性ダンサー16人が、腹筋の割れた上半身裸の肉体美をさらしながら、ときに絡み合ってうごめき、ときにアクロバティックな動きを畳みかけて踊るコンテンポラリーダンス。『蛮族たちの夜』(2015)は、地中海における民族抗争の歴史をモチーフとして、振付家エルヴェ・クビが南仏ニースで創作した約1時間の作品である。
クビは、アルジェリア系フランス人として南仏カンヌに生まれた。アルジェリアはアフリカ最大面積の国であり、マグレブ地方の中心にある。本作の出演ダンサーの多くはアルジェリア出身であり、作品の後半にはアルジェリアの伝統音楽を用いている。
冒頭、一面にクリスタルガラスが輝く全頭マスクをかぶった男たちが、上半身裸で身を寄せ合って踊る場面は、エキセントリックで視覚的なインパクトが強い。マスクには銀色に光る鋭利な角が2本生えており、まもなくダンサーたちはその角を取り外し、両手に持ってナイフのように構える。
やがてマスクを脱ぎ、踊りは激しくなってゆく。振付には、ブレイクダンスのパワームーブとカポエイラのアクロバットが頻出。前転、バク転、バク宙、マカコ、バタフライツイストなどの技が、数人ずつのフォーメーションで次々と披露される。さらに、倒立したまま回転するナインティナイン、ツーサウザンドや、難度のきわめて高いエアートラックスが、さりげなく、繰り返し挿入されている。神に生贄を捧げるかのような儀式の場面では、そのクライマックスで、生贄のダンサーがヘッドスピンを70回転以上するのに驚かされた。
作品の中盤、モーツァルトの『レクイエム』を用いた場面も見どころ。男たちが体操競技のタンブリングのように舞台を跳ね回り、他のダンサーを踏み台にして空中を高く舞う。荘厳な合唱にパワフルな踊りが響きあうシーンである。クビは、作品の終盤にはフォーレの『レクイエム』を用いており、これらの「死者のためのミサ曲」は、地中海をめぐる戦乱の歴史に対する彼のメッセージなのだろう。ちなみに、音楽にはワーグナーと石井眞木の楽曲も使っている。
『蛮族たちの夜』は、コンテンポラリーダンスの発想と振付に、ブレイクダンスとカポエイラの要素をたっぷり組み込んで成功した作品。舞台は背景も装飾もなく、きわめてシンプルだ。それゆえ、汗ばんだ半裸の姿で踊るアフリカ系男性たちの筋肉が、いっそう美しく映える作品に仕上がっている。
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海野 敏 Bin Umino
1961年、東京生まれ。1991年、東京大学大学院博士課程満期退学、同大助手を経て、2004年より東洋大学社会学部教授。情報学を専門として、バレエ、コンテンポラリーダンスの3DCG振付シミュレーションソフトを開発中。1992年より舞踊評論家として、バレエ・ダンス関係の執筆・講演活動を行う。共著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』(平凡社,2012)、『バレエ パーフェクトガイド 改訂版』(新書館, 2012)、『図書館情報学基礎』(東京大学出版会,2013)、共訳書に『オックスフォード バレエ ダンス事典』(平凡社, 2010)ほか。