2019 / 10 / 02
「音楽評論家 奥田佳道が推す今どきのマエストロ、オーケストラ」第19回【「東京国際」に続き、ブザンソンでも栄誉に輝いた沖澤のどか】
来年11月には「メリー・ウィドウ」も
音楽へのひたむきな想いを明らかにしつつ、やるべきこと、自分に出来ること、これからしなければならないことを冷静に把握している彼女に、時の人、という褒め言葉はふさわしくないかもしれない。
しかし吉報は吉報だ。60年前には小澤征爾が、1990年代以降も多くの日本人指揮者が優勝しているとはいえ、快挙は快挙である。
沖澤のどか。9月21日、フランスで開催された第56回ブザンソン国際青年指揮者コンクールdu 56e Concours international de jeunes chefs d’orchestreで優勝。同コンクールのオーケストラから贈られるオーケストラ賞、それに聴衆賞も彼女に微笑んだ。言わば三冠、完全優勝である。
青森県出身。東京芸術大学の指揮科を首席で卒業後、同大大学院、ベルリンのハンス・アイスラー音楽大学で学んだ。ザルツブルク、ライプツィヒ、エストニアで行なわれた指揮講習会にも参加している。オーケストラ・アンサンブル金沢の指揮研究員にも迎えられた。
これまでに第7回ルーマニア国際指揮者コンクールで第3位を受賞。第1回ニース・オペラ指揮者コンクールでセミファイナリストに選ばれているが、沖澤のどかの名前が一躍広まったのは、2018年に開催された第18回東京国際音楽コンクール<指揮>で第1位並びに齋藤秀雄賞を受賞した時だ。
本選での課題曲メンデルスゾーンの序曲「静かな海と楽しい航海」と自由曲リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ドン・ファン」に賛辞は尽きなかった。審査員の多くは彼女のメンデルスゾーンがとくに素晴らしかったと語った(記者会見、懇談会で取材)。
沖澤は、同コンクールの入賞デビューコンサートでも表層的なタクトでは形にも音楽にもならないメンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」を選び、喝采を博している。ちなみに昨年の「東京国際」では第2位にすでに豊富なキャリアを誇る横山奏、第3位にパーヴォ・ヤルヴィやN響のアシスタントを務めた熊倉優が入賞している。みんな近未来を担う人材だ。
ブザンソンでの沖澤のどかに戻せば、本選で指揮したリヒャルト・シュトラウスの交響詩「死と浄化(変容)」が、オーケストラと客席の心を捉えたようである。
今年6月、彼女は広島交響楽団が内外に発信しているMusic for Peace Concertに急きょ登場し、ベートーヴェンの交響曲第8番を指揮した。公演の主役ペンデレツキが自作の指揮に専念したいとのことで、ベートーヴェンが沖澤に委ねられたのである。
筆者は「音楽の友」8月号にこう記した。
「開演を彩った沖澤のどか指揮のベートーヴェン。音楽の里程標やヴィジョンを明確に掲げた彼女のタクトと広響の交歓もMusic for Peaceの主役となった。奇をてらわずに、しなやかにひたむきにオーケストラを導く沖澤のどか。さあこれからだ。しかし素晴らしい」。
順風満帆の歩みに見えるが、一時は指揮者への道を諦めたこともあるという。しかし下野竜也やリッカルド・ムーティの言葉に励まされ、シンフォニーとオペラの両輪で何をすべきか、自分らしく着実に歩もうと、道が拓けてきたようである。
来年11月には東京二期会オペラ劇場公演に出演し、日生劇場でレハールのオペレッタ「メリー・ウィドウ」を指揮することになった。オーケストラは東京交響楽団。東響と言えば、キリル・ペトレンコのアシスタントを務めている齋藤友香理を主催公演に起用したオーケストラでもある。桐朋学園大学でピアノを学んだ後ドレスデンに留学した齋藤は、前々回のブザンソン・コンクールで「特別賞」を受賞している。
沖澤のどかたちの新時代が始まった。
第18回【9月6日に惜しまれつつ引退。ベルナルト・ハイティンク】
第17回【日本ではまだノーマーク! 美貌の実力派指揮者カリーナ・カネラキス】
第16回【相乗効果を発揮! 広上淳一と京都市交響楽団】
第15回【スペイン、フィンランドをベースに躍進!N響デビューも控えた鬼才Dima Slobodeniouk】
第14回【パッションもトラディションもお任せあれ 11月、ウィーン・フィルと来日 アンドレス・オロスコ=エストラーダ】
奥田佳道 Yoshimichi Okuda
1962年東京生れ。ヴァイオリン、ドイツ文学、西洋音楽史を学ぶ。ウィーンに留学。現在、放送出演、執筆、レクチャー、公演のプレコンサートトークで活躍。アサヒグループ芸術財団音楽部門選考委員、朝日カルチャーセンター新宿、北九州講師。中日文化センター講師。フッぺル鳥栖ピアノコンクール審査員。エリザベト音楽大学パフォーマンスフォーラム講師。著書に「これがヴァイオリンの銘器だ」「おもしろバイオリン事典」他。