2019 / 11 / 06
「音楽評論家 奥田佳道が推す今どきのマエストロ、オーケストラ」第20回【あらためてクルレンツィスとムジカエテルナ】

テオドール・クルレンツィス(ザルツブルク音楽祭2017『皇帝ティートの慈悲』)©Anton Zavjyalov
ペルミから世界に
妖しくも烈しい演奏を愛でるアテネ出身のマエストロ、テオドール・クルレンツィス(47歳)に導かれ、ヨーロッパ、ロシアの名ホール、フェスティヴァルを旅するムジカエテルナ。ロシアの「地方都市」発の多国籍アンサンブルだ。
シベリアの「首都」ノヴォシビルスク(ロシア第3の都市、人口約160万)で2004年に結成され、2011年、ペルミ国立オペラ・バレエ劇場The Perm State Opera and Ballet Theatreのレジデント・オーケストラとなった。しかし今シーズン、ペルミでムジカエテルナの公演は、ない。
ちなみにペルミはモスクワから1400キロ弱、ウラル山脈の西側、カマ川の両岸に広がる都市で、現在の人口は約105万。ロシア経済を牽引する石油化学、軍事産業都市としての顔をもつ。水上交通の拠点、シベリア鉄道の分岐点という交通の要所でもある。いっぽう観光名所も多い古都で、かのセルゲイ・ディアギレフの生まれ故郷とは舞台や音楽好きを喜ばせる史実だ。
鮮やかな音の粒子を奏でるべくステージでは劇的に動くクルレンツィスとムジカエテルナは、この街から世界に羽ばたいた。
モーツァルトのオペラ<ダ・ポンテ三部作>、チャイコフスキーの「悲愴」、パトリツィア・コパチンスカヤとのヴァイオリン協奏曲、マーラーの交響曲第6番、ストラヴィンスキーの「春の祭典」、バレエ・カンタータ「結婚」のディスクの作り込みが示すように、クルレンツィスはステージでの高揚や交歓とは別次元の録音芸術にも一家言をもつ。
約100名の腕自慢を擁するムジカエテルナはその音楽ばかりでなく、フォーメーションも変幻自在だ。モーツァルトのオペラや古典派の交響曲、協奏曲、宗教曲は別として、第1ヴァイオリン16または17、第2ヴァイオリン16または15、ヴィオラ14、チェロ14、コントラバス9での演奏が多い。しかし管打楽器、さらにコーラス(ベルリン・フィルと共演)を含めて、どこまでがコアメンバーでどこからがエキストラか、実はよく分からない。所属演奏家の国籍が12ということは分かっている。ツアー毎にメンバーは異なるようだが、そんな謎めいた構成もムジカエテルナの魅力と記したら、ファンや敏腕事務局長のマルク・デ・モニーからお叱りを受けるだろうか。
ちなみに2019年2月の東京、大阪公演(初来日)ではサンクトペテルブルク出身の俊英ヴァイオリニスト、アイレン・プリッチンがゲストコンサートマスターを務め、凝ったチャイコフスキー・プログラム終了後に突然チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲のフィナーレを弾き、満場を驚かせた。
クルレンツィスの盟友らしい。すでに2014年のロン=ティボー国際音楽コンクール他で優勝し、今年のチャイコフスキー・コンクールでも米国籍の金川真弓(かながわ・まゆみ)とともに第4位に入賞している。
何かやるとは思ったが、チャイコフスキーの組曲第3番、幻想序曲「ロメオとジュリエット」、幻想曲「フランチェスカ・ダ・リミニ」の後に、まさかコンチェルトの第3楽章を奏で、さらにバッハとグレゴリオ聖歌「怒りの日」の動機も舞うイザイの無伴奏ソナタ第2番の第1楽章を弾くとは。ムジカエテルナには、プリッチンのような演奏家が何人もいる。
今年9月、クルレンツィスとムジカエテルナは、ルツェルン音楽祭でモーツァルトのオペラ<ダ・ポンテ三部作>を従来のコンサート形式とは次元の異なるアイディア満載のスタイル、言わば劇場空間的なスタイルで上演。その日程の合間にはチェチーリア・バルトリをゲストに迎えてのモーツァルト名曲選に臨み、あらためてセンセーションを巻き起こした。
シュトゥットガルトとバーデンバーデンを拠点とするSWR(南西ドイツ放送)交響楽団の首席指揮者でもあるテオドール・クルレンツィスは今、マーラーの交響曲第9番に夢中だ。
ムジカエテルナとはヴェルディのレクイエム、マーラー、そして来春にはウィーン・コンツェルトハウスでのベートーヴェンの交響曲サイクルが控える。今シーズン、ムジカエテルナは前述のルツェルン音楽祭を始め、パリ、バーデンバーデン、サンクトペテルブルク、アテネ、ニューヨーク、モスクワ、ボン、ウィーンを旅する。
オーケストラのあり方を変えるかも知れないムジカエテルナは、2020年の春以降、さてどこへ行く。どこに向かう?
そんなことを考えていたときに、11月1日、ファンを狂喜乱舞させるニュースが舞い込んできた。2020年4月、クルレンツィスとムジカエテルナ。ソウル、東京公演決定! サントリーホールではベートーヴェンの交響曲第9番、コパチンスカヤとのヴァイオリン協奏曲、交響曲第7番が決まった。チケットの争奪戦が発生しそうだ。
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奥田佳道 Yoshimichi Okuda
1962年東京生れ。ヴァイオリン、ドイツ文学、西洋音楽史を学ぶ。ウィーンに留学。現在、放送出演、執筆、レクチャー、公演のプレコンサートトークで活躍。アサヒグループ芸術財団音楽部門選考委員、朝日カルチャーセンター新宿、北九州講師。中日文化センター講師。フッぺル鳥栖ピアノコンクール審査員。エリザベト音楽大学パフォーマンスフォーラム講師。著書に「これがヴァイオリンの銘器だ」「おもしろバイオリン事典」他。