2019 / 12 / 04
「音楽評論家 奥田佳道が推す今どきのマエストロ、オーケストラ」第21回【気宇壮大な調べと相愛 ラザレフの今】

アレクサンドル・ラザレフ(第715回東京定期演奏会より) Ⓒ山口敦
来年2月の九州公演を指揮!
今月はロシアの名匠アレクサンドル・ラザレフを推す。
1945年モスクワ生まれの74歳。賛辞は尽くされている。しかし今秋、高崎芸術劇場大劇場での群馬交響楽団定期演奏会でグラズノフのバレエ音楽「四季」とプロコフィエフの「ロメオとジュリエット」(ラザレフ選)を、日本フィルハーモニー交響楽団東京定期でグラズノフの交響曲第6番とストラヴィンスキーの「火の鳥」全曲を聴き、好みの音彩に向かって緻密かつ豪胆に突き進むマエストロの美学をあらためて満喫した。
例によって、派手なアクションで客席を大いに楽しませる。
「どうです、皆さん。今演奏しているここの部分、素晴しいでしょう」
「大事なのは、このメロディ、この楽器ですよ」
そんな表情で振り返り、客席を指揮することもある。眼前の弦楽セクションを鼓舞せんと、指揮台から降りて、プレイヤーの方に思わず歩み寄ってしまうことも稀にある。
けれども、それらの行為は聴き手を喜ばせる表層的なパフォーマンスにあらず。サービス精神に富んでいることは確かだが、両腕を大きく動かす指揮ぶりは、移ろいゆく調べやハーモニー、音楽のドラマの視覚化に他ならない。動きと音楽に齟齬がないのだ。ちなみにこの人は指揮棒を使わない。
聴衆の視線を意識したポーズやサービス精神は楽しいし嫌いではないが、ラザレフのパフォーマンスは曲想と呼応。音楽の色あいや目指す方向を、聴衆にも指し示す。
優れた才能がひしめきあっていたモスクワ音楽院で名伯楽レオ・ギンズブルグLeo Moritsevich Ginzburg(1901~1979、ワルシャワ生れのユダヤ人指揮者兼ピアニスト)に師事し、同音楽院を首席で卒業。1971年、「ソヴィエト連邦」指揮者コンクールで第1位に、翌年には「西」ベルリンで開催されたヘルベルト・フォン・カラヤン国際指揮者コンクールでも第1位に輝く。なおラザレフの恩師ギンズブルグ(ギンズブルクとも表記)は、ウラディーミル・フェドセーエフ、ドミトリー・キタエンコの先生でもある。
ラザレフは2018年、民主音楽協会主催の第18回東京国際音楽コンクール<指揮>の審査員を務め、優勝した沖澤のどかを高く評価。同コンクール終了後の懇談会で、筆者にこんな話をしてくれた(ロシア語通訳:小賀明子氏)。
「日本には、齋藤秀雄以来、指揮者を育てる先生や先輩の系譜があるのですか? 音楽大国だったソヴィエト/ロシアには、かつて偉大な指揮の系譜、伝統がありましたが、今やそれらは消滅してしまいました」
音楽的には古き良き時代だったモスクワにはギンズブルグが、レニングラード/サンクト・ペテルブルクには最後にトゥガン・ソヒエフを教えたイリヤ・ムーシンがいたのだ。
1987年から1995年まで、伝統と格式を誇るボリショイ劇場の芸術監督兼首席指揮者を務めたほか、ロンドンのBBC響、グラスゴーのロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管の客演ポストに就いた。N響、読売日響にも客演。
2008年秋、日本フィルの首席指揮者に就任し、2009年1月から同フィルとの活動を本格化させた。2016年9月、日本フィルの桂冠指揮者兼芸術顧問に迎えられ、蜜月を持続。名演奏、録音は枚挙にいとまがない。
来年2020年2月、我らがアレクサンドル・ラザレフは、日本フィル恒例の九州公演(全10公演)を指揮する。同フィル九州公演への登場は、7年ぶり3度目。ブラームスの交響曲第1番、それに好みのナンバーを選んだプロコフィエフのバレエ音楽「ロメオとジュリエット」で客席を沸かせるはずだ。共演は堀米ゆず子と河村尚子。
首都圏への登場は5月、ラフマニノフの交響曲第2番、ラフマニノフの歌劇「アレコ」コンサート形式と、こちらもファンには応えられない内容だ。
今、聴くべき指揮者である。
<公演情報>
日本フィルハーモニー交響楽団 第45回九州公演
2020年2月7日(金)~19日(水)九州全県全10公演
指揮:アレクサンドル・ラザレフ[桂冠指揮者兼芸術顧問]
ヴァイオリン:堀米ゆず子 (鹿児島・熊本・唐津・大牟田・福岡・佐賀・長崎)
ピアノ:河村尚子(宮崎・北九州・大分)
https://www.japanphil.or.jp/community/kyushu/
日本フィル第720回東京定期演奏会
2020年5月15日(金)19時、16日(土)14時開演
https://japanphil.or.jp/concert/23661
第20回【あらためてクルレンツィスとムジカエテルナ】
第19回【「東京国際」に続き、ブザンソンでも栄誉に輝いた沖澤のどか】
第18回【9月6日に惜しまれつつ引退。ベルナルト・ハイティンク】
第17回【日本ではまだノーマーク! 美貌の実力派指揮者カリーナ・カネラキス】
第16回【相乗効果を発揮! 広上淳一と京都市交響楽団】
第15回【スペイン、フィンランドをベースに躍進!N響デビューも控えた鬼才Dima Slobodeniouk】
奥田佳道 Yoshimichi Okuda
1962年東京生れ。ヴァイオリン、ドイツ文学、西洋音楽史を学ぶ。ウィーンに留学。現在、放送出演、執筆、レクチャー、公演のプレコンサートトークで活躍。アサヒグループ芸術財団音楽部門選考委員、朝日カルチャーセンター新宿、北九州講師。中日文化センター講師。フッぺル鳥栖ピアノコンクール審査員。エリザベト音楽大学パフォーマンスフォーラム講師。著書に「これがヴァイオリンの銘器だ」「おもしろバイオリン事典」他。