2020 / 01 / 08
「音楽評論家 奥田佳道が推す今どきのマエストロ、オーケストラ」第22回【ニューイヤー・コンサート後もアンドリス・ネルソンス】

アンドリス・ネルソンス(ネルソンス「ゲヴァントハウス管第21代カペルマイスター就任コンサート」)©Gert Mothes
想いもあらたに、ベートーヴェンの交響曲ツィクルスを行なう
2019年秋、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とのベートーヴェン交響曲全集がリリースされた。
ベートーヴェン生誕250周年、ウィーン楽友協会開場150周年、ヨーゼフ・シュトラウス没後150年に想いを寄せたニューイヤー・コンサート2020も終わった。
しかしアンドリス・ネルソンスの出番は、これからだ。
今月は、ボストン交響楽団の第15代音楽監督とライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の第21代ゲヴァントハウス・カペルマイスター(楽長)を兼務するアンドリス・ネルソンスを、あらためて推す。
1978年11月ラトヴィアの首都リガ生れ。現在41歳。ラトヴィア国立歌劇場管弦楽団のトランペット奏者だった。若き日のワーグナーが滞在し、旧市街にR.Vagnera(ワーグネラ)小径もあるリガ。ネルソンスは、かの地のオペラハウス管弦楽団で頭角を現す。
指揮をどこで誰に学んだか。器楽や声楽と異なり、師弟関係はとても微妙かつ複雑だが、あえて記せば、サンクト・ペテルブルクで鬼才アレクサンドル・ティトフ、フィンランドのマスタークラスでエストニアの名匠ネーメ・ヤルヴィとフィンランドの名伯楽ヨルマ・パヌラから教えを受けた。そして、没年を記すのが哀しいラトヴィアの大先輩マリス・ヤンソンス(1943~2019)からも多くを学んでいる。ネルソンスを高みに導いたヤンソンス。
「無名」時代のキャリアを続ければ、24歳のときにラトヴィア国立歌劇場の首席指揮者(英語表記は音楽監督)に、2006年からノルトライン=ヴェストファーレン州ヘアフォード(人口7万弱)を拠点とする北西ドイツ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者に就任した。ちなみに同フィルの前任(音楽総監督)は上岡敏之である。
2008年、次代を担うマエストロ招聘に長けたバーミンガム市交響楽団の音楽監督・首席指揮者に就任。ネルソンスの飛躍が始まった。ウィーン国立歌劇場、メトロポリタン・オペラ、ロンドンのロイヤル・オペラハウスに相次いで登場。2010年には「ローエングリン」でバイロイト音楽祭にデビュー。同音楽祭(~2014)、並びにウィーン・フィル、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の常連となる。周知のように、オペラもシンフォニーもお任せあれのマエストロである。
出番はこれからだ、と記した。「シェフ」を務めるボストン響とゲヴァントハウス管との精力的な活動に加え、ネルソンスは2月から3月にかけて、相愛のウィーン・フィルとパリ・シャンゼリゼ劇場、ケルンのフィルハーモニー、ハンブルクのエルプフィルハーモニー(ホール)、ミュンヘンのガスタイク、バーデンバーデン祝祭劇場に赴く。
想いもあらたに、ベートーヴェンの交響曲ツィクルスを行なうのだ。パリ、ハンブルク、ミュンヘンでは全曲。5月から6月にかけては、ウィーン楽友協会での4プログラム8公演が控える。ウィーン・フィルとの交響曲全曲録音でベートーヴェンへの旅が終った訳ではない──そんな声が聞こえてくるかのよう。
いっぽう、いやレパートリーのメインを成すのだが、ブルックナーの交響曲、ワーグナーの楽劇、マーラー、ショスタコーヴィチの交響曲にも夢中だ。ライプツィヒ聖トーマス教会ではバッハのミサ曲ロ短調にも挑む。
アジアとの絆も深い。この2月にはボストン交響楽団とソウル、台北、香港、上海を訪れる。
2019年5月に、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団とブルックナーの交響曲第5番、ブラームスの交響曲第1番、チャイコフスキーの交響曲第5番、ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番、それにマーラーの歌曲を奏でたネルソンス。次の日本公演は2021年2月、やはりゲヴァントハウスとのツアーで、ブルックナーの交響曲第8番、第9番がメインとなる。
第21回【気宇壮大な調べと相愛 ラザレフの今】
第20回【あらためてクルレンツィスとムジカエテルナ】
第19回【「東京国際」に続き、ブザンソンでも栄誉に輝いた沖澤のどか】
第18回【9月6日に惜しまれつつ引退。ベルナルト・ハイティンク】
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奥田佳道 Yoshimichi Okuda
1962年東京生れ。ヴァイオリン、ドイツ文学、西洋音楽史を学ぶ。ウィーンに留学。現在、放送出演、執筆、レクチャー、公演のプレコンサートトークで活躍。アサヒグループ芸術財団音楽部門選考委員、朝日カルチャーセンター新宿、北九州講師。中日文化センター講師。フッぺル鳥栖ピアノコンクール審査員。エリザベト音楽大学パフォーマンスフォーラム講師。著書に「これがヴァイオリンの銘器だ」「おもしろバイオリン事典」他。