2020 / 01 / 28
クラシック・バレエの臨界領域~リチャード・シーガルのバレエ・オブ・ディファレンス~海野 敏(東洋大学教授・舞踊評論家)

バレエ・オブ・ディファレンス『ONBODY~UNITXT』 ©Ray Demski
バレエの技法を相対化したスタイリッシュな3部作
バレエを起点とする変幻自在の振付、前衛的な尖った現代音楽、シンプルだがエッジの効いた美術・衣装・照明。リチャード・シーガルの作品は、彼がウィリアム・フォーサイスの良き後継者であることを証している。
フォーサイスは、フランクフルト・バレエの芸術監督を20年間務めた振付家である。彼はバレエの動きを解体・再構築し、脱中心を徹底させた振付で、世界のバレエを変革した。そして、彼の率いるフランクフルト・バレエにおいて、驚くべき身体能力で際立った活躍をしたダンサーがシーガルである。2004年、フォーサイスが同バレエ団を去った後もシーガルはドイツに留まり、2016年、ミュンヘンとケルンを拠点とするダンスカンパニー、バレエ・オブ・ディファレンスを旗上げした。
『BoD』は男女5人ずつ10人のダンサーによる約20分の作品。女性はトウシューズを履いている。下肢をターンアウトし、アラベスク、ピルエット、ピケ・トゥール、パ・ド・シャなど、バレエのポーズとステップが頻出するにもかかわらず、断続的で不規則な動きをめまぐるしく畳みかける振付は、いわゆる「バレエ」とは異質な触感。また、両腕を上げて手をひらひらさせたり、腰や尻を突き出して回したり、洒脱でユーモラスな動きが特徴的だ。
音楽は、イスラム教徒でクイアを自称するテクノミュージックの新星、DJハラムが担当。衣装は、ニューヨークで人気のファッション・デザイナー、ベッカ・マッカーレン=トランが担当。最先端の音とデザインが、ラディカルな舞台をさらに尖らせている。
『UNITXT』は12人のダンサーによる約30分の作品。7人の女性は、やはりトウシューズを履いている。背を丸め中腰で足踏みしたり、肩を思いきり怒らせたり、コミカルな動作が繰り返されるのに、ソロ、デュオ、アンサンブルと隊形を変えながら、四肢で空間を突き刺し、切り裂くようなダンスはしびれるほどカッコいい。リズミカルな電子音を基調とする音楽は、現代ドイツの実験音楽を代表するアルヴァ・ノトが担当している。
『MADE FOR WALKING』は4人のダンサーによる約15分の作品。黒い厚底のブーツを履き、一定のリズムで足を踏み鳴らし続け、踊りながら移動してゆく。拍子が変わる複雑なリズムで、4人の動きの組み合わせも絶えず変化する。小品ながら高い技量が求められる振付である。
バレエの古典技法は強固な体系から成り立っているが、シーガルは、その師フォーサイスと同様、バレエの技法を相対化する。シーガルの振付をトウシューズで踊るダンサーたちのスタイリッシュな姿を、コンテンポラリーダンスのファンは無論のこと、バレエのファンに是非見てもらいたい。
バレエ・オブ・ディファレンス関連番組
https://www.classica-jp.com/feature/202002/06.html
■バレエ・オブ・ディファレンス『ONBODY~BoD』初回放送:2月3日(月)21:00~21:30
■バレエ・オブ・ディファレンス『ON BODY~MADE FOR WALKING』初回放送:2月10日(月)21:00~21:25
■バレエ・オブ・ディファレンス『ONBODY~UNITXT』初回放送:2月17日(月)21:00~21:35
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海野 敏 Bin Umino
1961年、東京生まれ。1991年、東京大学大学院博士課程満期退学、同大助手を経て、2004年より東洋大学社会学部教授。情報学を専門として、バレエ、コンテンポラリーダンスの3DCG振付シミュレーションソフトを開発中。1992年より舞踊評論家として、バレエ・ダンス関係の執筆・講演活動を行う。共著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』(平凡社,2012)、『バレエ パーフェクトガイド 改訂版』(新書館, 2012)、『図書館情報学基礎』(東京大学出版会,2013)、共訳書に『オックスフォード バレエ ダンス事典』(平凡社, 2010)ほか。