2020 / 02 / 10
「音楽評論家 奥田佳道が推す今どきのマエストロ、オーケストラ」第23回【今春還暦を寿ぐ大野和士】

© Herbie Yamaguchi
どこまでも精力的に活動する熱き知将
2019年もこの人はパフォーミング・アーツの中心にいた。
新国立劇場の委嘱作、西村朗の歌劇《紫苑物語》(笈田ヨシ演出、石川淳原作、佐々木幹郎台本、東京都交響楽団)に邁進した。
バルセロナ交響楽団がピットに入った《トゥーランドット》(アレックス・オリエ演出)を東京文化会館、新国立劇場の他、札幌文化芸術劇場hitaru、それにびわ湖ホールで上演。サントリーホールのサマーフェスティバルでは、ジョージ・ベンジャミンの《リトゥン・オン・スキン》(都響)を日本初演した。
11月には、かつて音楽監督を務めたブリュッセルの通称モネ歌劇場(後述)で勝負曲のひとつ、オネゲルの《火刑台上のジャンヌ・ダルク》(ロメオ・カステルッチ演出)を指揮し、再び喝采を博す。
今月はこの人。都響とバルセロナ響の音楽監督、新国立劇場オペラ部門の芸術監督を兼務する熱き知将大野和士を推す。
1960年3月4日生れ。正式デビューは東京芸術大学の大学院を修了する1984年3月、新宿文化センターでの都響ファミリーコンサート(現:プロムナードコンサート)だった。同級の小山実稚恵とラフマニノフのピアノ協奏曲第2番で共演、メインはドヴォルザークの交響曲第8番だった。客席に、その2年前の民音指揮者コンクール(東京国際音楽コンクール<指揮>)の本選で大野と個性を競った広上淳一がいたことを思い出す。大野と広上は良きライヴァルにして親しい。
ミュンヘンのバイエルン国立歌劇場でサヴァリッシュ、パタネーの薫陶を受けた大野和士は1987年、パルマで開催されたアルトゥーロ・トスカニーニ国際指揮者コンクールに優勝し、ヨーロッパの舞台に名乗りを挙げる。これまでに東京フィル、ザグレブ・フィル、カールスルーエのバーデン州立歌劇場、ベルギー王立ブリュッセル・モネ歌劇場、フランス国立リヨン歌劇場の要職を歴任。パルマのアルトゥーロ・トスカニーニ・フィルでも人気だった。

© Herbie Yamaguchi
近年はBBCプロムスで親友マーク=アンソニー・ターネジ(1960~)の《Hibiki/beautiful sound》(サントリーホール30周年委嘱作品、宗左近、曽根崎心中の英訳による)をBBC響、サリー・マシューズ、藤村実穂子らを交えて披露。フランクフルト歌劇場でポランスキーの映画に基づくアルヌルフ・ヘルマン(1968~)の《Der Mieter 借家人》を世界初演。またフランスのエクサンプロヴァンス音楽祭で以前から愛してやまないプロコフィエフの《炎の天使》(パリ管弦楽団)を指揮し、ミュージカル・アメリカ誌に絶賛された。
ラインナップがすべてを物語る。
Kazushi Onoはオーケストラ、オペラの近未来を信じ、創造・発信に余念がない。最先端のステージで脚光を浴びるばかりでなく、ときに芸術的な問題提起をもいとわない。
新国立劇場オペラ部門の芸術監督として演目、キャストの選定に関わるいっぽう、新世代の歌い手たちを率い、日本各地の病院や施設を巡演。そこでは自らピアノを弾き、オペラやアリアの背景も話す。トークは熱く、よどみない。
3月以降、都響ではブリテンの《春の交響曲》、ショスタコーヴィチの交響曲第10番、ターネジの《タイム・フライズTime Flies》、藤倉大の《三味線協奏曲》、メンデルスゾーンの《賛歌》、ベートーヴェン生誕250周年プログラムが控える。
さらに2020年夏は、東京文化会館、新国立劇場、ザルツブルク・イースター音楽祭、ドレスデンのザクセン州立歌劇場が手を携えた《ニュルンベルクのマイスタージンガー》(イェンス=ダニエル・ヘルツォーク演出)に腕を揮う。オーケストラは都響。ワーグナーの長編をめぐり、聴き手はまた熱くなる。
大野和士は3月4日の誕生日(還暦)を《春の交響曲》で寿ぐ。
第22回【ニューイヤー・コンサート後もアンドリス・ネルソンス】
第21回【気宇壮大な調べと相愛 ラザレフの今】
第20回【あらためてクルレンツィスとムジカエテルナ】
第19回【「東京国際」に続き、ブザンソンでも栄誉に輝いた沖澤のどか】
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第17回【日本ではまだノーマーク! 美貌の実力派指揮者カリーナ・カネラキス】
奥田佳道 Yoshimichi Okuda
1962年東京生れ。ヴァイオリン、ドイツ文学、西洋音楽史を学ぶ。ウィーンに留学。現在、放送出演、執筆、レクチャー、公演のプレコンサートトークで活躍。アサヒグループ芸術財団音楽部門選考委員、朝日カルチャーセンター新宿、北九州講師。中日文化センター講師。フッぺル鳥栖ピアノコンクール審査員。エリザベト音楽大学パフォーマンスフォーラム講師。著書に「これがヴァイオリンの銘器だ」「おもしろバイオリン事典」他。