2020 / 02 / 27
舞踊と音楽の革命はいかにして起きたのか~ストラヴィンスキー×ゲルギエフ×マリインスキー・バレエ~海野 敏(東洋大学教授・舞踊評論家)

©valentinbaranovsky2008
舞踊と音楽の最高峰が集結した3つのバレエ作品の復元版
舞踊と音楽の歴史を変えたストラヴィンスキーの音楽による3つのバレエ作品を、100年前の初演時のかたちに復元し、世界最高峰のバレエ団が上演した映像。しかも、指揮者はヴァレリー・ゲルギエフである。
20世紀初頭のパリで、『火の鳥』(1910)、『春の祭典』(1913)、『結婚』(1923)を初演したのは、稀代の興行師セルゲイ・ディアギレフが率いるバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)。バレエ・リュスが現代芸術に与えた影響の大きさは、いくら強調してもしすぎることはない。何しろこのバレエ団のために、ピカソ、マティス、ブラック、ユトリロ、エルンスト、ミロが美術を制作し、ストラヴィンスキー、ラヴェル、ドビュッシー、R・シュトラウス、サティ、プロコフィエフが音楽を作曲し、シャネルが衣装を、コクトーが台本を担当したのだ。しかもこの錚々たる芸術家のリストはごく一部に過ぎない。
しかし100年前にビデオはなく、振付は長らく失われていた。これを復元したのがミリセント・ホドソンとケネス・アーチャーである。2人は米国生まれの振付家と英国生まれの美術史家の夫婦で、大量の史料を集め、詳細な研究にもとづいて、振付のみならず美術や衣装など、作品を可能なかぎり当時の姿に復元してみせた。
『春の祭典』は、若い処女を生贄に捧げる古代ロシアの儀式を描いた作品。初演は、ストラヴィンスキーの音楽もニジンスキーの振付もあまりに型破りだったため、客席からの怒号と声援で音楽が聴こえなくなるほどの騒動が起きたと伝えられている。今も初めて見る方は、これが100年前のバレエかと驚かれるに違いない。
『結婚』は、ニジンスキーの妹であるニジンスカの振付で、ロシアの農村の婚礼を題材とした作品。冒頭、花嫁の5メートルもあるお下げ髪を用いた振付や、幕切れで8人の女性ダンサーの水平に傾けた顔が縦に重なる場面など、幾何学的抽象主義を感じさせる造形が面白い。
『火の鳥』は、ストラヴィンスキーが初めて手がけたバレエ音楽で、ミハイル・フォーキンの振付。王子が火の鳥の力を借り、魔王から王女を救い出す物語である。この作品の振付を復元したのはホドソン夫妻ではなく、ミハイルの孫のイザベル・フォーキンとボリショイ・バレエのアンドリス・リエパ。他の2作品とは異なり、クラシック・バレエの色が濃い振付である。
上演するのは、約240年の伝統を誇るマリインスキー・バレエだ。厳格なアカデミズムに裏付けられた踊りは、世界3大バレエ団にふさわしい美しさである。とりわけ火の鳥役のエカテリーナ・コンダウーロワの堂々たる踊りは必見。そして、カリスマ指揮者であるゲルギエフの指揮するマリインスキー劇場管弦楽団の演奏は、ストラヴィンスキーの楽曲にいっそうの生命力を与えて申し分ない。今望みうる最高の組み合わせで、100年前に起きた舞踊と音楽の革命を追体験できるプログラムである。
この記事で紹介した「マリインスキー・バレエ2008「ストラヴィンスキーとバレエ・リュス」は、クラシカジャパンで放映されます。是非ご覧ください。番組の詳細はこちらへ
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海野 敏 Bin Umino
1961年、東京生まれ。1991年、東京大学大学院博士課程満期退学、同大助手を経て、2004年より東洋大学社会学部教授。情報学を専門として、バレエ、コンテンポラリーダンスの3DCG振付シミュレーションソフトを開発中。1992年より舞踊評論家として、バレエ・ダンス関係の執筆・講演活動を行う。共著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』(平凡社,2012)、『バレエ パーフェクトガイド 改訂版』(新書館, 2012)、『図書館情報学基礎』(東京大学出版会,2013)、共訳書に『オックスフォード バレエ ダンス事典』(平凡社, 2010)ほか。