2016 / 07 / 08
ひたむきな人間愛を追求した『フィガロの結婚』―演出家・宮本亜門に訊く
2002年の初演以来毎回好評を得て、今年4回目の再演を迎える宮本亜門演出『フィガロの結婚』。宮本氏は東京二期会とのプロダクションでダ・ポンテ三部作をすべて演出しており、その原点となったのが14年前の『フィガロの結婚』だった。公演初日に向けて7月初旬に都内で行われた稽古では、来日した指揮者のサッシャ・ゲッツェルのもと、フィガロの黒田博、アルマヴィーヴァ伯爵の小森輝彦が火花を散らす男の真剣勝負を演じ、伯爵夫人の大村博美、スザンナの嘉目真木子も渾身の歌と芝居で相手役と向き合っていた。出演者一人一人に細やかな演出コンセプトを伝え、役に魂を吹き込んでいた宮本氏に、再演に向けてのコンセプトを聞いた。

演出家・宮本亜門と演出コンセプトを確認しあう
(左から~髙橋淳(ドン・バジリオ)、妻屋秀和(バルトロ)、小森輝彦(アルマヴィーヴァ伯爵)、黒田博(フィガロ)、大村博美(伯爵夫人)、嘉目真木子(スザンナ)、小林由佳(ケルビーノ)、押見朋子(マルチェリーナ)
手前中央右寄りから、宮本亜門(演出)、サッシャ・ゲッツェル(指揮)
―宮本さんはダ・ポンテ三部作に続き、去年は大きな話題となったリンツ州立劇場と二期会との共作『魔笛』も手がけられました。
「モーツァルトとは何度も何度も譜面を見ながら対話をしてきました。生誕の地を回ったり、色々な方とモーツァルトについて語り合ったりしてきましたが、彼は本当に人間として愛おしい人だと思います。手紙を読むとわかるけれど、子供のようであったりふざけたりしながら、すごく真面目なんですよ。自問自答を繰り返し、命をかけて自由平等の意味や人の愛の在り方を考えていた人だと思います。」
―『フィガロの結婚』では、フィガロと伯爵が他の演出には見られないほど男らしく、互角に渡り合っているのが印象的です。
「原作を読むと、フィガロと伯爵というのは結構年が近いイメージなんですよ。その後の市民革命につながっていくような起点の話なので、縦社会や権力だけで社会が出来ているわけではない、ということを示しました。黒田博さん(フィガロ)と小森輝彦さん(伯爵)の真剣なぶつかり合いを、僕も今日初めて見たので、演出家としては幸せな夜です」
―『フィガロの結婚』はコミカルな話、という印象が一変するような稽古でした。
「伯爵が色事師で、フィガロが可愛らしくて楽しい人、というまとめ方は違うと思うんです。人間というのはそれぞれの環境や状況の中で一生懸命生きていて、それが空回ってドタバタに見えてしまう。でも、モーツァルトはドタバタを見せたかったのではなく、みんなが必死に生きている愛おしさを描いたんだと思う。伯爵夫人にしても、二幕の最初のアリアは尋常でない心の痛みを歌っているし、スザンナの最後のアリアもすごく大きな重みがある。マルチェリーナも自分を見せつけていくだけの悪役のような存在から、フィガロの母だとわかり、息子として愛おしむ気持ちが生まれ、どんどん変わっていくんです」
―本当に一人一人に命が宿っている・・・。
「モーツァルトほど愛ということを考えていた人はいないと思う。男と女ということを超えて、人間の真実を洞察していた芸術家で、人間には当然性欲があり、その中で我々は生まれ、生きている。最初にベッドの寸法を測る歌から始まるんですから、それを隠したりしていないんですよ。絵空事ではなく、観る人にとって『あなたの話ですよね』と迫ってくるような話だと思います」
―Aキャストはベテランの威力に圧倒されましたが、Bキャストは若手が多いですね。
「伯爵の与那城敬さんも全く違うタイプですし、演出も違う演出じゃないかというくらい違います。誰がやっても同じではなく、違う舞台だと思えるくらいのほうがいいんです。両キャストとも、全く違った魅力があります」
―両方見なければ!今回の再演に際して、新たに映像が加えられるとお聞きしましたが、それについても教えていただけますか?
「オペラの世界観を深めるための映像で、モダンな効果もあると思いますが、映像を見せるというより世界観を引き立てるような内容になると思います。黒い世界の中でマグマがうごめいているような、音楽に潜んでいる独特のものを映像で見せていくつもりです」
宮本亜門
2004年、ニューヨークのオンブロードウェイにて「太平洋序曲」を東洋人初の演出家として手がけ、トニー賞4部門でノミネートされる。ミュージカルのみならず、ストレートプレイ、オペラ、歌舞伎等、ジャンルを越える演出家として、活動の場を国内外へ広げている。
二期会のオペラ演出としては、モーツァルト×ダ・ポンテの三部作として2002年『フィガロの結婚』、2004年『ドン・ジョヴァンニ』、2006年『コジ・ファン・トゥッテ』(文化庁芸術大賞受賞)を精力的に演出。そして2009年に『ラ・トラヴィアータ』。北米でのオペラ進出は、2007年米・サンタフェ・オペラにてタン・ドゥン作曲の現代オペラ『TEA: A Mirror of Soul』(アメリカン・プレミア)を演出した。13年、欧州初のオペラ演出として、オーストリア・リンツ州立劇場にてモーツァルトの『魔笛』を初演。シーズンオープニングを飾った。2016年上半期は、三島由紀夫の戯曲「ライ王のテラス」、ミュージカル「スウィーニートッド」(再演)。8月には和製ミュージカル「狸御殿」(新橋演舞場)、ミュージカル「プリシラ」(日生劇場)を上演予定。
小田島久恵
音楽・舞踊ライター。洋楽ロック雑誌の編集を2年間勤めた後フリーに。現在クラシック、オペラ、バレエ、演劇についてのインタビューや評論を執筆。年間300以上のコンサート、リサイタルを取材。在京オーケストラと日本のオペラカンパニーを応援。著作に『オペラティック!~女子的オペラ鑑賞のすすめ』(フィルムアート社)