2020 / 06 / 02
「音楽評論家 奥田佳道が推す今どきのマエストロ、オーケストラ」第27回【ワグネリアンを魅了し続ける現代のカペルマイスター、アクセル・コーバー】

©Susanne Diesner
今月は、ワーグナー上演の使徒でウィーン国立歌劇場の『ニーベルングの指環』にも招かれたこの人。50歳になったアクセル・コーバーAxel Koberを推す。
ドイツ語圏のオペラ事情に通じたファンには「もう何年も前からおなじみですよ」とお叱りを受けそうだが、しなやかな職人技を誇る現代のカペルマイスター(楽長)コーバーが、ワグネリアン以外からあまり知られていないのも事実だ。
1970年2月バイエルン州北部オーバーフランケン(県/行政管区)のクローナハ生れ。同州ウンターフランケンの古都ヴュルツブルクの音楽大学で、古き良き時代の楽長ペーター・ファルク、ギュンター・ヴィッヒから教えを受けた。
ちなみに師のペーター・ファルクはミュンヘンのゲルトナープラッツ劇場やヘッセン放送協会の第2オーケストラだったフランクフルト放送管弦楽団、カイザースラウテルンのSWR放送管弦楽団の要職にあった人。ギュンター・ヴィッヒは、デュッセルドルフとデュースブルクに劇場をもつライン・ドイツ・オペラの音楽総監督(1965~1980)を務めたほか、1970年代にはNHK交響楽団に何度も客演した。
今年50歳のアクセル・コーバーは学生時代、オペラとシンフォニーの両輪で活躍した愛すべき楽長(カペルマイスター)から教えを受けたのだ。
1990年代の半ば以降、シュヴェーリンのメクレンブルク歌劇場、ドルトムント歌劇場、マンハイム歌劇場、ゲヴァントハウス管のメンバーが弾くライプツィヒ歌劇場の第1指揮者、音楽総監督代理などに迎えられた。ライプツィヒではゲヴァントハウス管弦楽団の公演も指揮した。
誠実な仕事が認められ、2009/2010年のシーズンから、師のひとりヴィッヒと同じくライン・ドイツ・オペラの音楽総監督GMDに就任。ベルリン・ドイツ・オペラ、ウィーンのフォルクスオーパーなどへの客演も始まった。ゲスト先のベルリン・ドイツ・オペラでも『パルジファル』『タンホイザー』『ローエングリン』を任され、かの地のワーグナー好きを大いに喜ばせた。
2013年夏、バイロイト音楽祭に『タンホイザー』でデビュー。翌年も同演目を指揮。ケルル、ニルンド、アイヒェ、クァンチュル・ユンらと相乗効果を発揮した。2015年以降は『さまよえるオランダ人』を任される。
スキャンダラスな演出や首をひねりたくなる抜てきとは無縁の、質の高い音楽が、緑の丘に建つ祝祭劇場を満たす。
長篇『ニーベルングの指環』は勤務先のライン・ドイツ・オペラでも始まった。メルカトールハレ(ホール)でのコンサート形式を交えての上演だが、このツィクルスを目的にデュースブルクを訪れる欧米日本のワグネリアンがいた。遠征をするのは、もちろん極めて限られた人数だけれども。
相前後してハンブルクで『ナクソス島のアリアドネ』『マクベス』、ドレスデンで『エレクトラ』、チューリヒで『さまよえるオランダ人』、ストラスブール(ラン歌劇場)で『トリスタンとイゾルデ』を披露。前述ベルリン・ドイツ・オペラでのワーグナーも客席を喜ばせたようである。
客演の舞台はウィーンへ。練達のアダム・フィッシャーや豪胆なクリスティアン・ティーレマンと良好な関係を築き、次期音楽監督のフィリップ・ジョルダンもワーグナーをレパートリーとしているとは言え、いつも優れたワーグナー指揮者、リヒャルト・シュトラウス指揮者を探しているウィーン国立歌劇場が、各地で好評のアクセル・コーバーに目を付けないわけがない。
ちなみにウィーンには1970年代から90年代まで、気宇壮大なワーグナーといえばこの人、名匠ホルスト・シュタインがいた。ペーター・シュナイダーもがんばっていた。
キャリア十分のコーバーは2016年暮れ、ワーグナーの響きが息づくフンパーディングの『ヘンゼルとグレーテル』で満を持してウィーン国立歌劇場にデビュー。賞賛を博し、2019年1月に『ニーベルングの指環』を指揮した。同歌劇場のドラマ部門勤務時代から敏腕で知られ、ディ・プレッセ紙の音楽主筆や講演で活躍中の評論家ヴィルヘルム・シンコヴィッツ氏がコーバーの『指環』に喝采を送っている。
ライン・ドイツ・オペラを拠点に各地で求められているアクセル・コーバーは2021年2月に初来日し、東京二期会でキース・ウォーナー演出の『タンホイザー』を指揮する。ストラスブールのラン歌劇場との提携公演で、オーケストラは読売日響。
実現して欲しいものである。
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奥田佳道 Yoshimichi Okuda
1962年東京生れ。ヴァイオリン、ドイツ文学、西洋音楽史を学ぶ。ウィーンに留学。現在、放送出演、執筆、レクチャー、公演のプレコンサートトークで活躍。アサヒグループ芸術財団音楽部門選考委員、朝日カルチャーセンター新宿、中之島、北九州講師。フッぺル鳥栖ピアノコンクール審査員。エリザベト音楽大学パフォーマンスフォーラム講師。著書に『これがヴァイオリンの銘器だ』『おもしろバイオリン事典』他。NHKラジオ『音楽の泉』第4代解説者として出演中。