2016 / 10 / 11
第20回【音楽と絵画】
≪旅する音楽師・山本直幸の百聴百観ノート≫
【絵が見える音】
筆者はもう30年近く、演奏会やオペラなど、本場で本物の素晴らしさを体験するための海外旅行を企画し、案内役として海外へ出かける日々を送っていますが、実は音楽鑑賞以外に楽しみにしていることがあります。それは美術鑑賞です。美術館めぐりも海外旅行ならではの楽しみといえるでしょう。筆者が学生時代に初めて海外で訪れた美術館は、ウィーンの美術史美術館でした。所狭しと展示されている膨大な絵画コレクションを目にして、「これ、みんな本物なんだ!」と驚きを表現したことを、今でも覚えています。その後1枚の絵を見るためにわざわざ美術館へ足を運んだことも幾度かあります。
この4月にドゥダメル指揮のウィーン・フィル演奏会でラフマニノフの「死の島」を聴く機会がありました。1980年代にベルリン・フィルでこの曲を聴いた後、画家ベックリンが描いた同名の絵に興味を持ち、まずはベルリンの美術館で現存する4枚の中、画家が3番目に描いた絵を、そして1番最初に描いた絵を見るためにバーゼルまで行ったことを思い出しました。勿論ウィーン・フィルの演奏中、その絵自体を思い浮かべたことは言うまでもありません。会場の楽友協会ホールには、間違いなく絵が見える音があったからです。
ちなみに同時に聴いた作品「展覧会の絵」(ラヴェル編曲)は、ムソルグスキーが展覧会で実際に目にした10枚の絵をイメージして作曲したといわれています。筆者はその絵を見たことはありませんが、演奏には何度も接しています。その都度、最後の「キエフの大門」などは、フルオケによる壮大な響きによって、キエフの大門が描かれた絵が見えてきます。作曲家にインスピレーションを与えた絵は、作曲家によって作り出された音楽を介して見ることができる・・・そんな音楽鑑賞の楽しさの側面を、この日聴いた2つの作品は、今更ですが教えてくれました。
一方、画家にインスピレーションを与えた曲もあります。筆者はウィーンでベートーヴェンの「第九」を聴く機会があるときには、必ず訪れる場所があります。それはクリムトの「ベートーヴェン・フリーズ」がある分離派会館です。この作品は、クリムトがベートーヴェンの「第九」をイメージして会館内の壁3面に描いた大作ですが、最初の出会いは、まさに衝撃的でした。クリムトの独創的な「第九」の世界は、自分の描くそれとはあまりにもかけ離れていたからです。しかし見る度に何かしら新しい発見があり、あれこれ思いをめぐらすことで解釈や理解が深まりました。普遍的なテーマを扱った「第九」は、時代を超え、世代を超え愛され、特に最終楽章の「歓喜の歌」は、聴く者に感動を与える不朽の名作ですが、それを絵で表現した第3場面の「歓喜・接吻」は、見る者を同様に感動させてくれます。またクリムトというとオーストリア・ギャラリーにある「接吻」があまりにも有名ですが、「ベートーヴェン・フリーズ」に描かれた「接吻」を見ることで、より一層理解を深められるでしょう。
【音が聞こえる絵】
音楽と絵画との関わりという点で、筆者が以前から大きな関心を抱いているのがフェルメールです。寡作の画家といわれるフェルメールの作品は、現存数が最大で37点、その中5点が研究者の間で真作として疑問符が付けられているので、目下、真作として定着しているのはわずか32点です。従って作品を所蔵している美術館は少なく、特に1点しか所蔵していない美術館にとっては、門外不出の至宝として特別に扱われています。フェルメールの貴重な作品を1点見るためには、その美術館へ行くしかないのです。
フェルメールの作品には、見る側を絵の中に引き込むような特異な魅力があります。それは室内に差し込むやわらかな光の中で際立つ鮮やかな色彩であり、静寂が支配する絵に描かれた楽器から伝わる音色でもあります。では具体的にどうのような楽器が描かれているのでしょう?フェルメールが生きた時代はバロックなので、描かれた楽器はバロックの古楽器です。ヴァージナル(チェンバロ)、リュート(シターン)、ヴィオラ・ダ・ガンバ、ギター、トランペット、フルートなど。楽器=音楽は、「恋愛」を寓意的に表現するために描かれていることが多く、フェルメール作品の重要なモチーフになっています。
ヴァージナルは演奏者と共に5作品に描かれていますが、それらを5分、10分見ていると、間違いなく絵の中から音が聞こえてきます!
キューピットの絵が掛かられている「ヴァージナルの前に立つ女」などは、愛する人を想いながら弾いている女の表情からも「音」が伝わってきます。5作品に描かれているリュートやシターンも、手にした演奏者が描かれている3点は、すぐにも音が聞こえてきそうです。他の2点、「中断された音楽の稽古」と「紳士とワインを飲む女」にはテーブル、または椅子に置かれていますが、楽譜が一緒に描かれているので、演奏前か演奏後かを連想させ、男女二人の恋愛のストーリーが、旋律となって伝わってくる「音が聞こえる絵」です。
筆者はまだフェルメール作品を26点しか鑑賞できていませんが、幸いにも音楽鑑賞目的で訪れる都市では、フェルメール作品との出会いも楽しめます。例えばニューヨークでは8点、アムステルダムでは4点(日帰り可能なデン・ハーグで3点)、ロンドンで4点、ベルリン、ドレスデン、パリでそれぞれ2点、ウィーンで1点・・・日中は美術鑑賞、夜は演奏会やオペラ鑑賞・・・このような日本では味わうことのできない贅沢な日々が送ることが、海外旅行の醍醐味でもあります。
第19回【今夏のザルツブルク音楽祭】
第18回【夏の音楽祭本番!】
第17回【巨匠の復帰と若手の活躍】
第16回【春の訪れを告げる「イースター音楽祭」】
第15回【アーノンクールの死を悼む】
JTBロイヤルロード銀座ライブデスクは、通年クラシック音楽鑑賞目的ツアーを企画・実施していますが、訪問都市では美術館へもご案内しています。
筆者が同行する「世界3大オーケストラと名画を堪能 アムステルダム・ベルリン・ウィーン」(12月13日出発決定)で3大オーケストラの演奏とフェルメールの「音が聞こえる絵」を鑑賞する旅に出てみませんか。
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【JTBロイヤルロード銀座 音楽の旅 ライブデスク】
プランニングマネージャー 山本直幸
ベルリン留学中6年間、オペラ・コンサート通いの日を送る。特にヨーロッパの歴史や音楽・美術への造詣が深く、長年ツアーにも同行し現地で案内役も務める。毎夏、ライブ駐在員としてザルツブルクに滞在。海外添乗・駐在日数は4,000日以上。音楽雑誌等に音楽旅行記事を多数寄稿。