2020 / 12 / 24
「音楽評論家 奥田佳道が推す今どきのマエストロ、オーケストラ」第34回【日本ではまだノーマークの鬼才スタニスラフ・コチャノフスキー】

©Thierry Mamberti
今月はこの人。サンクトペテルブルクから羽ばたき、近年アムステルダムのコンセルトヘボウやフィルハーモニー・ド・パリ、トップ・アーティストが行き交うスイスのヴェルビエ音楽祭の常連となったスタニスラフ・コチャノフスキーを推す。
2016年3月にBunkamura主催のN響オーチャード定期で「新世界より」を指揮したとは言え、日本ではまだノーマークの鬼才だ。
1981年サンクトペテルブルク出身。同地のリムスキー=コルサコフ音楽院でイリヤ・ムーシン門下のアレクサンドル・ティトフから教えを受けたが、それ以前にグリンカ少年合唱音楽学校に在籍。「魔笛」のツヴァイター・クナーベ(3人の童子のⅡ)を歌うなど、早くからオペラに親しんでいたという。音楽院では、オーケストラおよびオペラの指揮のみならず、オルガン、合唱指揮でも優秀な成績を収めた。
コンクールでの受賞を経て、2007年からサンクトペテルブルクの「マールイ劇場(小劇場)」ことミハイロフスキー劇場でタクトを執る。ということはイタリアのダニエーレ・ルスティオーニと、ほぼ同じ時期に同じ劇場で仕事をしていたことになる。
2010年、北コーカサス地方キスロヴォツクなどを拠点とするサフォノフ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者に就任。ラフマニノフ、スクリャービン、シュニトケのシリーズ演奏で評価を高めた。このオーケストラは、オペラ歌手や合唱団も擁するロシア連邦、北カフカース連邦管区のサフォノフ・フィルハーモニー協会に所属。コンサート時はサフォノフ・アカデミー交響楽団と名乗ることもあるようだ。
ほどなくサンクトペテルブルク・フィル、スヴェトラーノフ記念ロシア国立交響楽団、ロシア・ナショナル・フィルなどの指揮台に立つ。マリインスキー劇場の総帥ワレリー・ゲルギエフに認められ、『エフゲニー・オネーギン』『ボリス・ゴドゥノフ』も任された。
2018年、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団でアレクサンダー・ガヴリリュクとシューマンの協奏曲を披露。チャイコフスキーの「マンフレッド交響曲」も賞賛を博し、コチャノスキーへの関心が飛躍的に高まる。
2019年にはパリ管弦楽団でデニス・マツーエフと共演。ラフマニノフのピアノ協奏曲第4番、第3番、さらに幻想曲「岩」に腕を揮った。同年はさらにマリインスキー「ホール」で開催されたチャイコフスキー国際コンクール受賞者のガラ・コンサートに招かれ、藤田真央とチャイコフスキーの協奏曲第1番を奏でた。
2020年はコロナ禍で多くの公演が中止または延期を余儀なくされたが、フランクフルトのhr交響楽団(フランクフルト放送響)でエストニアの巨匠アルヴォ・ペルト(1935~)の「フラトレス」、それにラトヴィア作曲界の大御所ペトリス・ヴァスクス(ペーテリス・ワスクス/1946~)の代表作のひとつヴァイオリン協奏曲「遠き光」を指揮した。ソロは、モントリオールやチャイコフスキーといった国際コンクールで頭角を現し、イザイの秘曲録音でも知られるベルギーの俊英マルク・ブシュコフだった。
そのブシュコフは、ヴェルビエ音楽祭の人気者でもあるのだが、マエストロ、コチャノフスキーもヴェルビエで2017年に「エフゲニー・オネーギン」、2018年に「リゴレット」、2019年に「魔笛」を振り、あらためてオペラに強いところを見せた。
パリ、アムステルダム、モスクワ、サンクトペテルブルクに加え、今後はベルリン、ウィーン、北欧も舞台となりそう。アメリカでのマネジメントも決まった。
2021年、40歳になる。シンフォニーばかりでなく、オペラや声楽曲、それに妖しい音彩の近現代作品を携え、スタニスラフ・コチャノフスキーの躍進が始まった。
第33回【イタリアの鬼才ダニエーレ・ルスティオーニ】
第32回【ウィーン・フィルとザルツブルク音楽祭を行き来するクリーヴランド管の名匠フランツ・ウェルザー=メスト】
第31回【70歳台後半を迎えた今も大規模プロジェクト推進に余念がないダニエル・バレンボイム】
第30回【オーケストラ芸術の使徒、匠 秋山和慶】
第29回【音楽の喜びを分かち合うマエストロ、原田慶太楼──来春、東京交響楽団の正指揮者に就任】
第28回【古き良き時代のゲミュートリッヒな(心地よい)アンサンブルから、スターが行き交うオーケストラへ】
奥田佳道 Yoshimichi Okuda
1962年東京生れ。ヴァイオリン、ドイツ文学、西洋音楽史を学ぶ。ウィーンに留学。現在、放送出演、執筆、レクチャー、公演のプレコンサートトークで活躍。アサヒグループ芸術財団音楽部門選考委員、朝日カルチャーセンター新宿、中之島、北九州講師。フッぺル鳥栖ピアノコンクール審査員。エリザベト音楽大学パフォーマンスフォーラム講師。著書に『これがヴァイオリンの銘器だ』『おもしろバイオリン事典』他。NHKラジオ『音楽の泉』第4代解説者として出演中。