2018 / 08 / 08
「音楽評論家 奥田佳道が推す今どきのマエストロ、オーケストラ」 第5回【芸術的好奇心、探究心ここに極まる 微笑みのブロムシュテット、91歳!】

9月7日(金) 21:00他 放送予定 ブロムシュテット&P・ゼルキン「ゲヴァントハウス定期演奏会2016」(c)Gert Mothes
今月は、世界の檜舞台を嬉々として行き来する新時代の巨匠を推す。NHK交響楽団の桂冠名誉指揮者で、今春のステージも賞賛を博したヘルベルト・ブロムシュテット(1927年生まれ)を。現役最長老ゆえ、ではない。
7月11日、オーケストラ芸術の泰斗(たいと)、マエストロ、ブロムシュテットは91歳を祝った。米マサチューセッツ州スプリングフィールド生まれのスウェーデン人指揮者。ドイツ・オーストリア音楽、スラヴ、北欧の調べを愛してやまないマエストロ。これまで関わったオーケストラをあらためて記す。
両親の母国スウェーデンの中堅ノールショピング交響楽団の首席指揮者(在任1954年~1962年)をスタートに、オスロ・フィル、デンマーク国立響、スウェーデン放送響、ザクセン州立シュターツカペレ・ドレスデンの各首席指揮者、サンフランシスコ響の音楽監督、北ドイツ放送響(現NDRエルプ・フィル)の首席指揮者、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管の第19代ゲヴァントハウス・カペルマイスターを歴任。またシェフになったことはないが、バンベルク響とも長年共演してきた。これらの多くのオーケストラから名誉指揮者称号を贈られ、今も指揮台に立つ。
80歳代を迎えてからは、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と「恋に落ち」(ブロムシュテットからも、元楽団長でヴァイオリン奏者だったヘルスベルク博士からもこの言葉を聞いた)、さらにパリ管弦楽団、アムステルダムのロイヤル・コンセルトヘボウ、そしてベルリン・フィルの常連だ。
「この歳になりますと、オーケストラからベートーヴェン、ブラームス、ブルックナーを指揮して欲しいと言われます。私もそれを望んでいます。しかし私にはマーラーをもう一度指揮したい気持ちがありますし、チャイコフスキーも大好きです。バッハ、モーツァルトはいつも私とともにあります。コーラスも指揮したい。
スウェーデンのベルワルド(ベールヴァルド)をもっと皆さんに知って欲しいとも思っています。どうしたってプログラムが多くなってしまいますね」(東京、ザルツブルクでの筆者とのインタヴューより)。
キャリアや名声に甘えないこの姿勢。
「この頃は最新の音楽学の成果を反映した楽譜も出ますから、それらも勉強しなければなりません」。
芸術的な好奇心に探究心。素晴らしい。
加えてこの人は、オーケストラと聴き手への感謝を忘れない。誤解を恐れずに言えば、少しも巨匠然としていないのだ。
7月下旬、91歳になったばかりのブロムシュテットはタングルウッド音楽祭に出演し、ボストン交響楽団とモーツァルトの交響曲第34番、バーンスタインのフルートとオーケストラのための「ハリル」、ハイドンの「ネルソン・ミサ」を奏でた。8月中旬はザルツブルク音楽祭でウィーン・フィルとシベリウスの交響曲第4番、それにブルックナーの「ロマンティック」。9月は同フィル2018/19年シーズンの第1回定期公演で、大好きなベルワルド(風変りな交響曲、ブロムシュテット校訂版)とドヴォルザークの交響曲第7番に腕を揮う。そして10月は今年4月に続いてN響定期に登場。3プログラムが控える。
こんな指揮者がほかにいるだろうか。ブロムシュテットは愛されている。
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奥田佳道 Yoshimichi Okuda
1962年東京生れ。ヴァイオリン、ドイツ文学、西洋音楽史を学ぶ。ウィーンに留学。現在、放送出演、執筆、レクチャー、公演のプレコンサートトークで活躍。アサヒグループ芸術財団音楽部門選考委員、朝日カルチャーセンター新宿、北九州講師。中日文化センター講師。フッぺル鳥栖ピアノコンクール審査員。エリザベト音楽大学パフォーマンスフォーラム講師。著書に「これがヴァイオリンの銘器だ」「おもしろバイオリン事典」他。