2019 / 04 / 08
新国立劇場『フィレンツェの悲劇/ジャンニ・スキッキ』のジャンニ・スキッキ役、カルロス・アルバレスさんに独占インタビュー!

©CLASSICA JAPAN / 堀田力丸
今シーズンより大野和士を芸術監督に迎えた新国立劇場が1年おきに行うダブルビル(1幕物オペラの2本立ての新制作公演)。その第1回が、4月7日よりスタートした『フィレンツェの悲劇』と『ジャンニ・スキッキ』だ。
今回、『ジャンニ・スキッキ』でタイトルロールを歌うバリトン歌手カルロス・アルバレスさんにインタビュー。クラシカ・ジャパンはこれまで彼が出演した数々の舞台を放送。筆者自身、ミラノ・スカラ座2016/17シーズン開幕公演『蝶々夫人』(初演版)でアルバレスさんが歌うシャープレス役が今も印象に残っている。
その深くて美しいバリトンヴォイスと舞台映えする容姿、悲劇から喜劇までこなす演技力で、世界中の観客を虜にするアルバレスさんのジャンニ・スキッキへの想いを聞いてみた。

©CLASSICA JAPAN / 堀田力丸
まさに悪役ばかりですね(笑)。僕は普通の人間ですが、舞台上で自分でない人物になれることにカタルシスを感じます。演技が終わると悪役の要素を舞台に置いていけるので、精神的にはすごく健康的にいられるんですよ。
──でも、役柄によっては置いていけないものもあったのでは。
ひとつだけ。リゴレットですね。1993年ミラノ・スカラ座のシーズンプレミエの新制作で、“マエストロ”ムーティからタイトルロールのオファーをいただきました。
ちょうどその時、ロンドンでコリン・デイヴィス指揮のベルリオーズ『トロイ人』をやっていました。ムーティは声楽的に僕の声がリゴレットに合っていると確信していたのですが……僕は思ったのです。リゴレットをやるにはもう少し歳をとらなくちゃいけない。もう少し人生の苦悩も知らなくちゃならないし、父親であるという経験も必要なのではと。まだ26歳でしたからね。だからマエストロに手紙を書いて丁重にお断りしました。でも、今がリゴレットを演じるときですね。
──そういう意味では、今回のジャンニ・スキッキは50歳。ちょうどの年齢ですね。
今年8月で53歳になります。やっと自分の実年齢と役柄が一致するようになってきました。

©CLASSICA JAPAN / 堀田力丸
自分にちょっと似ているかな(笑)。僕は一歩引いて周囲をみるタイプ。他人の様子をみてから自分の決断を下すところがあるんです。ジャンニ・スキッキも周囲を注意深く観察していますよね。その上で、確信をもって最良の決断を下すことができる人物だと思います。
──『ジャンニ・スキッキ』は、プッチーニの完成された最後のオペラです。ヴェルディ最後のオペラ『ファルスタッフ』同様、喜劇であり、アンサンブルオペラでもあります。
おっしゃる通り。私は幸いなことにファルスタッフも演じることができました。それも20年間フォードを演じ続けた後にです。
──多くの偉大なファルスタッフたちを傍らでみてきたのですね。
譜面に書かれていることだけでなく、ファルスタッフを演じるためのさまざまなポイントを吸収してきました。だから、今回のジャンニ・スキッキも同じ気持ちで臨んでいます。
──ジャンニ・スキッキは、声楽的にはどのような役なのですか。
ジャンニ・スキッキの登場は、オペラが始まり20分くらい経ってからで、舞台にいるのは40分程。普段から2時間出ずっぱりといった状況に慣れているので、そういう意味では『ジャンニ・スキッキ』は小品といえます。でも、その中にいろいろな要素が凝縮されている。
前半には小さなアリアがあり、アクート(高音)もあって、それをレガートに美しくエレガントに歌わなくてはならない。“ザ・バリトン歌手”という感じですね。しかし後半は、演技声で歌います。軽妙に、しかもカンタービレで台詞の言葉を伝えなければなりません。
だから、ジャンニ・スキッキを歌うバリトン歌手には柔軟性が必要です。全体を通して、演技と歌唱の両方で、説得力のある人物像を創っていかなくてはならないからです。だから、まずは楽譜に書かれたことを忠実に再現することが重要。やはりジャンニ・スキッキはプッチーニが書いたように歌うべきですし、私もそのために全力を尽くします。

©CLASSICA JAPAN / 堀田力丸
『フィレンツェの悲劇』(16~17世紀に物語設定)とのコントラストをつけ、『ジャンニ・スキッキ』は1950年代に舞台を設定しています。ジャンニ・スキッキは世の中を知っている社会的な男性で、しかもインテリ。二十歳の娘がいて、彼女の将来を考えている父親です。この男性像は今の時代とそれほど変わらないので、とても自然でリアルな演技ができます。
それと対照的なのがセットですね。全くリアリスティックじゃない。巨大な机の上で演技が行われ、そのギャップが面白いと思います。
──演出は、粟國淳さんです。
今回、淳と仕事ができたことが本当に嬉しい。彼はイタリア語が母語なのだそうです。『ジャンニ・スキッキ』も『フィレンツェの悲 劇』も熟知しており、テキストの読み方も巧みで、細部へのこだわり、特に単語レベルでの言葉にもこだわります。すべての登場人物を、彼自身が演技しながら演出したんですよ。
美術もコンセプトが明確で、観客を喜劇の世界に誘うビジュアルが素晴らしい。決して下品に走らず、とても考え抜かれたセットです。
このオペラはブオーゾ・ドナーティが遺言を書いているという設定ですが、実際書いているのはジャンニ・スキッキですよね。家族でも親戚でもない彼が何故?それはただひとつの目的のため。淳によると、ジャンニ・スキッキは何も取っていません。彼には何の利益もないのです。製粉所や屋敷やロバをもらうのは彼の娘であり、全ては娘の将来のための策略だったのです。
──アルバレスさんは、今回がジャンニ・スキッキのロールデビューだそうですね。
そうなんです。それも東京で!新国立劇場からオファーをいただいたとき、素晴らしいプレゼントをもらったなあと思いました。そして、この作品はアンサンブルオペラなので、他の歌手たちと友情関係を結べるようにチームとして楽しくやるぞ!という気持ちで臨んでいます。

©CLASSICA JAPAN / 堀田力丸
テーマが全て異なり、最初の『外套』は悲劇、『修道女アンジェリカ』は社会的問題を提起し、最後にちょっと笑って終わりたい。それが『ジャンニ・スキッキ』だと思います。いつか三部作としてジャンニ・スキッキと一緒に『外套』のミケーレも歌いたいなあ。
──プッチーニでバリトンが主役というのはあまりないですよね。
プッチーニ作品にはバリトンの重要な役が少ないのです。『トスカ』のスカルピアと『ラ・ボエーム』のマルチェッロくらい。でも、彼は最後にバリトンを主役にして、バリトンの声楽的な面白さを存分に発揮したオペラを作ってくれました。
ヴェルディもプッチーニも、観客の感動のツボを音楽で表現し、劇場空間の中でどのように物語を構築したら観客が喜ぶかを追求した作曲家だと思います。そういう意味で、バリトンが主役のオペラが彼らに存在していること自体がラッキーですよね。
──バリトン好きという作曲家では、モーツァルトもそうではありませんか。
モーツァルトの時代は、まだバリトンという声部が確立されていませんでした。当時はやはりバスですよね。バリトンを確立したのはヴェルディだと思います。
モーツァルトのバリトンは声域的に少し低い。でもモーツァルトを演じるのは大好きです。特にダ・ポンテ三部作はね。全部やりました。キャリア初期にグリエルモ(コジ・ファン・トゥッテ)、それからフィガロと伯爵(フィガロの結婚)、そしてドン・ジョヴァンニです。『フィガロの結婚』は、最初は伯爵ばかりでしたが、ウィーンのムーティのプロダクションでフィガロをやってくれと。おそらく僕がセビリアから200kmしか離れていないマラガ出身だからでしょう。ちなみに僕の妻はセビリア出身。だから、世の中にセビリアを舞台にしたオペラが数ある中で、一番セビリアに近いのは俺だ!(笑)

©CLASSICA JAPAN / 堀田力丸
自分の天職は医者だと思っていました。本当に医者になりたかった。学校の児童合唱団に抜擢され、7歳で歌を始めて以来、音楽は常に自分のそばにありましたが、自分の職業になるなんて夢にも思っていませんでしたね。
その後もずっと歌ってはいたのです。街のオペラ座の合唱団でね。大学の医学部に行きながらコンセルバトワールで声楽を勉強するといった二足の草鞋でした。
でも、医者になるか声楽に進むか、決断しなければならない時期がやってきます。そんなとき、自分というよりも他の人が、僕を音楽の道に押してくれました。お前ならできるって。でも、もしかしたら声楽家という職業が僕を引っ張ってくれたのかもしれません。この仕事をしろと。
マラガの歌劇場の合唱団にいたとき、劇場のディレクターから役をやらないかと言われ、それが1989年。僕は22歳。『椿姫』のドビニー侯爵役でソリストデビューです。プロの歌手になって、舞台を踏みながら音楽的にも人間的にも成長できたことは本当に幸運でした。
──今年はキャリア30周年。これまで挫折はありましたか。
この4月で30周年です。自分から声楽をあきらめようと思ったことは一度もありませんが、病気のために歌から遠ざかるのを余儀なくされたことはありました。ピテリウムという声帯をカバーする物質の生成が阻害される病気になったのです。癌ではないですよ。先生は大学時代の友人で、いろいろアドバイスをくれましたが、今後歌えないかもと言われたこともあります。
自分も医学を勉強した身ですから、何かよくないことがあるとは感じていたのです。なので3回手術しました。そしてラッキーなことに、今ここにいます!(笑)
──今後の予定を教えてください。
この後、マラガで『オテロ』、ジェノヴァで『トスカ』『道化師』があります。『道化師』のトニオは初めてなんです。録音はありますが(リッカルド・シャイー指揮コンセルトヘボウ/ホセ・クーラ&バルバラ・フリットリ共演)、舞台は初めて。シーズン最後はウィーン国立歌劇場『トスカ』。その後、アントニオ・パッパーノ指揮サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団で『オテロ』の録音に臨みます。オテロを歌うヨナス・カウフマンとの共演も楽しみですね。
クラシカ・ジャパン編成部 石川了

©CLASSICA JAPAN / 堀田力丸
スペインのマラガ生まれ。現代を代表するバリトン歌手の一人。世界中の一流歌劇場をはじめ、ザルツブルク音楽祭やアレーナ・ディ・ヴェローナといった世界的音楽祭でも活躍中。2度のグラミー賞、カンヌクラシック賞、芸術ゴールドメダルなど数々の受賞歴のほか、2007年にウィーン国立歌劇場宮廷歌手の称号を、2013年にバルセロナ・リセウ大劇場ゴールドメダルを贈られている。新国立劇場には2005年『マクベス』のタイトルロールに出演した。
<以降の公演概要>
新国立劇場
オペラ「フィレンツェの悲劇/ジャンニ・スキッキ」【新制作】
2019年
4月10日(水)19:00 オペラパレス
4月14日(日)14:00 オペラパレス
4月17日(水)14:00 オペラパレス
指揮:沼尻竜典
演出:粟國 淳
美術:横田あつみ
衣裳:増田恵美
照明:大島祐夫
舞台監督:斉藤美穂
ツェムリンスキー『フィレンツェの悲劇』(全1幕/ドイツ語上演/字幕付)
グイード・バルディ:ヴゼヴォロド・グリヴノフ
シモーネセルゲイ・レイフェルクス
ビアンカ:齊藤純子
プッチーニ『ジャンニ・スキッキ』(全1幕/イタリア語上演/字幕付)
ジャンニ・スキッキ:カルロス・アルバレス
ラウレッタ:砂川涼子
ツィータ:寺谷千枝子
リヌッチョ:村上敏明
ゲラルド:青地英幸
ネッラ:針生美智子
ゲラルディーノ:吉原圭子
ベット・ディ・シーニャ:志村文彦
シモーネ:大塚博章
マルコ:吉川健一
チェスカ:中島郁子
スピネッロッチョ先生:鹿野由之
アマンティオ・ディ・ニコーラオ:大久保光哉
ピネッリーノ:松中哲平
グッチョ:水野秀樹
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
芸術監督:大野和士