2019 / 04 / 25
バレエの超絶技巧に酔いしれる~キューバ国立バレエ『ドン・キホーテ』~海野 敏(東洋大学教授・舞踊評論家)

キューバ国立バレエ2007『ドン・キホーテ』© Michel Lidvac
クラシック・バレエの楽しみ方にはいろいろあるが、スーパー・テクニックを堪能するというのもそのひとつだ。高いジャンプ、連続する回転、長時間のバランスなど、初めてバレエを見る人にもその凄さはきっと伝わる。鍛え抜かれたダンサーの華麗な技の数々は、バレエファンのテンションを上げ、多幸感をもたらしてくれる。
古典全幕バレエのなかでも、『ドン・キホーテ』はスーパー・テクニックを味わうのに最適の演目である。なぜなら、主役とソリストの踊りに華やかなテクニックがたくさん入っているからである。とりわけ第3幕のグラン・パ・ド・ドゥは超絶技巧の連続で、バレエ・コンサートでは、この部分のみが踊られることも多い。
『ドン・キホーテ』の原作は、17世紀のセルバンテスの小説だが、バレエではラ・マンチャの男は脇役である。主役は、バルセロナの町の若いカップル、キトリとバジル。明るく陽気な物語と、ノリがよく威勢のよい音楽が愛されて、初演から150年たっても人気の演目だ。
キトリ役のビエングセイ・バルデスは、まごうことなき当代のスーパー・テクニシャン。第1幕の登場場面で、いきなりトリプル・ピルエットを披露する。第3幕のグラン・パ・ド・ドゥのアダージオでは、驚くほど長いバランスを3度、4度と繰り返す。極めつけはコーダで、クライマックスの連続回転、いわゆる“グラン・フェッテ32回”でトリプル回転を連発し、フィニッシュは余裕の笑顔で5回転を決めている。
バジル役のロメル・フロメタも負けていない。大きく跳躍して、空中で素早く脚を水平に広げる姿はとても爽快。鋭く旋回するピルエットの連続や、高く跳ぶトゥール・ザン・レールも気持ちいい。グラン・パ・ド・ドゥのアダージオでは、バルデスと競うように、ダイナミックなマネージュとグランド・ピルエットを見せつけている。
キューバ国立バレエは、主役以外もテクニシャンぞろいである。ソリストだけでなく、コール・ド・バレエのひとりひとりが瞬発力に優れており、舞台全体に躍動感が溢れている。ラテンの国の陽気なストーリーにうってつけのバレエ団である。
この映像は、同バレエ団がパリ・オペラ座で、アリシア・アロンソ版『ドン・キホーテ』を踊った舞台を収録したもの。アロンソは、キューバ・バレエ界を創り上げた最大の功労者である。引っ越し公演のためか舞台セットは簡素であるが、敬愛するアロンソの演出・振付で踊るダンサーたちの演技には、熱がこもっている。パリのガルニエ宮に、カリブの熱い風が渦巻いた貴重な記録映像と言ってよいだろう。
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海野 敏 Bin Umino
1961年、東京生まれ。1991年、東京大学大学院博士課程満期退学、同大助手を経て、2004年より東洋大学社会学部教授。情報学を専門として、バレエ、コンテンポラリーダンスの3DCG振付シミュレーションソフトを開発中。1992年より舞踊評論家として、バレエ・ダンス関係の執筆・講演活動を行う。共著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』(平凡社,2012)、『バレエ パーフェクトガイド 改訂版』(新書館, 2012)、『図書館情報学基礎』(東京大学出版会,2013)、共訳書に『オックスフォード バレエ ダンス事典』(平凡社, 2010)ほか。