2019 / 09 / 12
英国ロイヤル・オペラの2019日本公演がついに幕開け!グノー『ファウスト』とヴェルディ『オテロ』を音楽監督のアントニオ・パッパーノと主要キャストが語る

左より、イルデブランド・ダルカンジェロ、ヴィットリオ・グリゴーロ、アントニオ・パッパーノ、フラチュヒ・バセンツ、グレゴリー・クンデ、ジェラルド・フィンリー ©Ayano Tomozawa
英国ロイヤル・オペラの2019日本公演が、9月12日のグノー『ファウスト』、9月14日のヴェルディ『オテロ』で幕を開ける。公演に先立って都内で会見が開かれ、全公演の指揮者である音楽監督のアントニオ・パッパーノと主要キャスト5人が出席した(9月6日)。
取材・文:宮本明(音楽ライター)
ロイヤル・オペラ唯一の海外公演
歌手たちが姿を見せると会見場が急に華やいだ雰囲気になる。出席したのはパッパーノのほか、『ファウスト』から題名役のヴィットリオ・グリゴーロ(テノール)とメフィストフェレス役のイルデブランド・ダルカンジェロ(バリトン)、『オテロ』から題名役グレゴリー・クンデ(テノール)とヤーゴ役のジェラルド・フィンリー(バリトン)、そしてデズデモナ役のフラチュヒ・バセンツ(ソプラノ)。

アントニオ・パッパーノ©Ayano Tomozawa
まず最初にパッパーノが挨拶に立ち、2つの演目について紹介した。『ファウスト』と『オテロ』。奇しくもゲーテとシェイクスピアという、2人の大文豪の戯曲を原作とするオペラ作品である。
「日本公演はロイヤル・オペラ唯一の海外公演。素晴らしい場所で、素晴らしい2作品を観ていただけるのは幸せです。
今回私たちがお観せする『ファウスト』は、2004年にデイヴィッド・マクヴィカーが演出した舞台。最近では今年4月にも上演し、非常に新鮮な、高い評価を得て愛されているプロダクションです。私たちの素晴らしいスタッフによる美術も、力のある音楽とともに、とても魅力的な舞台を作り上げています。この作品は、音楽が充実していて、そして登場人物それぞれに個性があってドラマティック。だからこそ、キャストが充実していなければなりません。今日はここに素晴らしい老博士(グリゴーロ)と悪魔(ダルカンジェロ)が並んでいます(笑)。
そしてヴェルディの『オテロ』。それ以前のオペラの集大成とも言うべき作品です。シェイクスピアのメッセージを、ひと言も漏らさず、まっすぐダイレクトに私たちの心に伝えてくれる。そしてこの作品も、ここにいる素晴らしい歌手たちなくしてはキャスティングが成立しません。オテロとヤーゴは、最も難しい役どころです。グレゴリー・クンデとジェラルド・フィンリーが、本当にその役になりきってお観せするはずです。そして、純粋で善良で、希望に満ちたデズデモナを演じるフラチュヒ・バセンツを招くことができました。この苦痛に満ちたオペラを、実感を持って観ていただけるものと思います。演出はキース・ウォーナー。2017年の新制作初演のときにも私が指揮をしました。まったくスタイルの違う2つの作品をお届けできるのは光栄です」
2002年からロイヤル・オペラの音楽監督を務めるパッパーノ。すでに2023年まで契約を延長したことが発表されている。劇場の最長記録を更新することになる長いパートナーシップの秘訣を聞かれたマエストロは、「オペラを愛し、歌を愛し、言葉を愛し、劇場を愛すること。歌い手を心から愛し、理解して、真摯に音楽作りをすれば、聴衆も信頼してついてきてくれます」と、誠実な信条を掲げた。
指揮者は正しい方向に導くタイヤ

ヴィットリオ・グリゴーロ©Ayano Tomozawa
つづいてマイクは歌手陣へ。まずは『ファウスト』組から。
「この素晴らしい美しい仲間たちとの冒険に参加できることを感謝します」と話すグリゴーロは、ファウスト役を十八番とするスター歌手。2003年にオーチャードホールで上演された『ミラノ・スカラ座版ウエスト・サイド・ストーリー』でトニーを歌っていたが、本格的なオペラ出演としてはこれが日本での初舞台(ただし本人は、「私は『ウエスト・サイド』も素晴らしいオペラだと信じていますけど。でもシリアスなオペラという意味なら、今回が初めてですね」と言っていた)。
彼が語ったのは、指揮者パッパーノへの信頼だった。
「指揮者は、舞台上とオーケストラ、そして聴衆、すべてを結ぶ役割です。私が大好きなフォーミュラ1(F1)でたとえるなら、『指揮者はエンジン』と答える人が多いかもしれませんが、私はタイヤだと思います。性能の良いタイヤを履かなければ、どんなにベストのエンジンを積んでも、どんなに優れたドライバーが操っても、マシンは正しい方向に進みません。どんなに良い声の歌手が歌っても、それを劇場で聴かせるためには、息づかいやすべての動きに対応して理解してくれる指揮者が必要なのです。マエストロは信頼してすべてをまかせることのできる指揮者です。彼のマジックにご一緒できるのは幸せなことです。私はそのマジックの駒のひとつだって全然構わないのです。200人からなる家族同然のロイヤル・オペラの仲間たちとともに、バレエの要素、演劇的要素にも満ちた『ファウスト』を皆さんに観ていただきたいと思います」
F1マシンのくだりでは、もう一人のスター・テノール、グレゴリー・クンデも「キミ、いいことを言うね。そのとおり!」とばかりに、膝を叩いて同意していた。
しかし通訳が発言を訳しているあいだ、グリゴーロはスマホで自撮りしたり、隣のダルカンジェロを誘って、「ほら、今度はあっちのカメラだ」とポーズをとったりと、テノールらしい(?)やんちゃぶり。ムードメーカーなのだ。紳士なダルカンジェロは苦笑いしながら応じていた。

イルデブランド・ダルカンジェロ©Ayano Tomozawa
そのイルデブランド・ダルカンジェロはメフィストフェレス役。すでに何度も来日している名バリトン。前回2015年のロイヤル・オペラ来日公演では『ドン・ジョヴァンニ』の題名役を歌った。
「ドン・ジョヴァンニも悪いやつですが、今度はついに悪魔です(笑)。このメフィストフェレス役を演じるのは3回目。まだまだ研究中ですが、マエストロがヴィジョンを示して助けてくれるので、異なる色彩感などいろいろなものを見つけることができます」
オテロはテノールの目指す頂点の役

グレゴリー・クンデ©Ayano Tomozawa
次は『オテロ』出演者の3人。オテロ役のグレゴリー・クンデは、今年だけでも5つの劇場でこの役を歌うという、現代屈指のオテロ歌いだ。今回のキース・ウォーナーのプロダクションにも、2017年の初演時に出演している。
「テノールにとってオテロは夢のような役です。テノールの目指す頂点にある役のひとつだと思っています。フラチュヒのデズデモナは理想的。まるで本物のデズデモナがこの世に現れたような女性です。ぜひ楽しんでいただきたいです」
彼はロッシーニとヴェルディの両方の『オテロ』を歌ったことのある数少ないテノール歌手のひとり。そのことについて聞かれると、「そんなには違いませんよ。ベルカントのロッシーニと、ヴェリズモ的なヴェルディ。スタイルは違いますが、私自身は大きな違いを感じていません。ロッシーニの『オテロ』にはテノール歌手が5人も出てくるのがいちばん違うところかな(笑)」と、こともなげ。ちなみに、ロッシーニのテノールといっても、オテロは軽いレッジェーロの歌手が歌う役ではなく、バリトンのような重いテノールのために書かれた役なので、現代でも、両立が可能な優れたテノールも存在するのだ。クンデのように。
「いま気づきましたが、今日の会見は、良い役の歌手は青い服、悪い役は黒い服を着て出席しているんですね」と、鋭い(?)観察眼で場をなごませたのは、やはりテノールならでは?

フラチュヒ・バセンツ©Ayano Tomozawa
デズデモナ役のフラチュヒ・バセンツはアルメニア出身の注目のソプラノ。今回が日本デビューとなる。
「コンニチワ。知っている日本語はこれだけです。英語も不得意なので間違っていたらごめんなさい。何千人もいるソプラノの中からマエストロ・パッパーノと共演させていただく機会を与えられたことは最高の喜びです。ガラ・コンサートで共演したことはありますが、フルステージのオペラはこれが初めてです。彼は、単に音楽家として素晴らしいだけでなく、1人の画家であると思っています。つねに色づけをしてくれる特別なアーティストで、私たち歌手を守ってくれる守護天使のような指揮者です。皆さんに褒めていただけるような舞台ができるように最善を尽くします」

ジェラルド・フィンリー©Ayano Tomozawa
最後はヤーゴ役を歌うジェラルド・フィンリー。「歌う俳優」として演技力にも定評のあるベテランだ。じつは彼の初来日は1982年。ケンブリッジのキングズカレッジ合唱団の一員としての日本ツアーだったのだそう。
「そのときはボーイ・ソプラノで、たしかソロも歌ったと思います。2回目は1996年札幌のPMFの『コジ・ファン・トゥッテ』(クリストフ・エッシェンバッハ指揮/演奏会形式)、次は2000年⼩澤征爾⾳楽塾の『フィガロの結婚』のフィガロ役。それからこうしてまた日本に来るまでに20年近く空いてしまいましたが、その間、私は1989年にロイヤル・オペラ・ファミリーに加えていただき、以来30年間、さまざまな役を歌ってきました。
ヤーゴは、本当にやりがいのある最高の役で、歌手としてだけでなく、役者として演じるやりがいも感じる作品です。シェイクスピアはこのヤーゴという人物に、人間の持つさまざまな側面を重ねています。あるときはジョーカーのようであり、あるときは陰からこっそり覗いている。そして冗談を言ったかと思うと、誰かに何かを囁いている。とてもドラマティックな物語のなかで、最終的には一人のリーダーを破滅に追い込む。原作のシェイクスピアの素晴らしい人間観察はもちろん、ヴェルディ、そして台本作家のアッリーゴ・ボーイトという2人の天才が、それをさらに見事に描き出している。スコアのなかに人間性が見事に描き出されているのです。たいへんおぞましい物語、悪魔的なキャラクターではありますけれど、楽しんでいただければと思います。最初から最後まで息つくひまもない、とてもダイナミックな旅路を皆さんとご一緒できるのを楽しみにしています。純粋なものと悪魔が交互に出てくるシェイクスピアの最高傑作に、ヴェルディが宝物のような音楽を添えて創り出したオペラをお楽しみください」
パッパーノは音楽監督の役割について、「家長のようなものなので、私自身が模範を示さなければなりません」と語ったが、それに呼応するように、歌手たちが口々に「家族同然」「素晴らしい仲間」など、チームとしての信頼感・一体感を意識して発言していたのが印象的だった。歌手たちは基本的に一匹狼。生き馬の目を抜くような厳しい競争の世界で、劇場が「ファミリー」として機能しているのは素敵なことだ。世界の第一線で活躍する歌手たちが「信頼」という秘密兵器を手にして、今回もまた充実の舞台を繰り広げてくれるはずだ。
なお、英国ロイヤル・オペラが最初に日本公演を行なったのは1979年。当時、1963年のベルリン・ドイツ・オペラ来日に始まり、バイエルン国立歌劇場(1974年)、メトロポリタン歌劇場(1975年)、ベルリン国立歌劇場(1977年)とつづいた、歌劇場がまるごと日本にやってくる「引っ越し公演」の5例目だった。以後、1986年、1992年、2010年、2015年と来日し、今回が6度目の日本公演。
英国ロイヤル・オペラ 2019年日本公演
『ファウスト』全5幕
(上演時間約3時間40分 休憩1回含む)
指揮:アントニオ・パッパーノ
演出:デイヴィッド・マクヴィカー
出演:ヴィットリオ・グリゴーロ(ファウスト)、イルデブランド・ダルカンジェロ(メフィストフェレス)、レイチェル・ウィリス=ソレンセン(マルグリート)、ほか
公演日程・会場
9月12日(木)18:30 東京文化会館
9月15日(日)15:00 東京文化会館
9月18日(水)15:00 東京文化会館
9月22日(日)15:00 神奈川県民ホール
『オテロ』全4幕
(上演時間約3時間15分 休憩1回含む)
指揮:アントニオ・パッパーノ
演出:キース・ウォーナー
出演:グレゴリー・クンデ(オテロ)、フラチュヒ・バセンツ(デズデモナ)、ジェラルド・フィンリー(ヤーゴ)、ほか
公演日程・会場
9月14日(土)15:00 神奈川県民ホール
9月16日(月・祝)15:00 神奈川県民ホール
9月21日(土)16:30 東京文化会館
9月23日(月・祝)16:30 東京文化会館
【お問い合わせ・お申し込み】
NBSチケットセンター 03-3791-8888
(平日10:00~18:00、土曜10:00~13:00、日祝休)
公式HP
https://www.nbs.or.jp/stages/2019/roh/
宮本明 Akira Miyamoto
東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。『レコード芸術』『音楽の友』『GRAND OPERA』など音楽雑誌の編集部勤務を経て、2004年からフリーランスの音楽ライター、編集者として活動。雑誌、インターネット媒体への寄稿、音楽書籍の編集、CD録音の監修・制作など、形態を問わず音楽関連の仕事を手がけている。