2020 / 01 / 17
新国立劇場が2020/2021シーズンの上演ラインアップを公開

写真左より、小川絵梨子(演出家)、大野和士(指揮者)、吉田都(バレエ・ダンサー) 撮影:寺司正彦
1月8日、新国立劇場は2020/2021シーズンの上演ラインアップを公開、「オペラ」「舞踊(バレエ・ダンス)」「演劇」の3部門合同の発表会見を開いた。オペラ部門と演劇部門からは、ともに芸術監督として3年目のシーズンを迎える指揮者・大野和士と演出家・小川絵梨子が出席。舞踊部門では、昨年現役を引退し、今年秋から5代目芸術監督に就任するバレエ・ダンサー吉田都が登壇して注目を集めた。
取材・文:宮本明(音楽ライター)
オペラ部門のシーズン・ラインアップ(10演目/11作品)は次のとおり。
[2020年10月]ベンジャミン・ブリテン『夏の夜の夢』(新制作)
[2020年11月]藤倉大『アルマゲドンの夢』(新制作/創作委嘱作品世界初演)
[2020年11~12月]ヨハン・シュトラウスII『こうもり』
[2021年1~2月]ジャコモ・プッチーニ『トスカ』
[2021年2月]ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト『フィガロの結婚』
[2021年3月]リヒャルト・ワーグナー 楽劇『ニーベルングの指環』第1日『ワルキューレ』
[2021年4月]イーゴリ・ストラヴィンスキー『夜鳴きうぐいす』/ピョートル・チャイコフスキー『イオランタ』(新制作)
[2021年4月]ガエターノ・ドニゼッティ『ルチア』
[2021年5月]ジュゼッペ・ヴェルディ『ドン・カルロ』
[2021年7月]ジョルジュ・ビゼー『カルメン』(新制作)
※いずれもオペラパレス(大劇場)での上演。
(日程やスタッフ・キャスト等詳細は劇場ホームページをご確認ください)
大野が芸術監督就任時に掲げたレパートリー拡大のための施策には、隔年で行なうプロジェクトが含まれていたので、3シーズン目の来季には初年度の企画枠が戻ってくることになる。具体的には、日本人作曲家への創作委嘱シリーズ(藤倉大『アルマゲドンの夢』)と、2作品を同時上演するダブルビル(『夜鳴きうぐいす』『イオランタ』)がそれ。
会見と、その後に行なわれた部門ごとの記者懇談会での大野芸術監督の発言を中心にラインアップを見ていこう。まずは4本の新制作プロダクションから。
ベンジャミン・ブリテン『夏の夜の夢』

『夏の夜の夢』モネ劇場公演より
シーズン開幕はブリテンの『夏の夜の夢』(原作:ウィリアム・シェイクスピア)。「20世紀オペラは難解で敷居が高いと思われがちだが、底抜けに明るい喜劇、幸せになる現代オペラもあることをアピールしたい」と大野。プロダクションはかつての大野のお膝元であるブリュッセルのモネ劇場(2002~08年音楽監督)で2004年に初演されて高評価を得たデイヴィッド・マクヴィカー演出の舞台。「舞台と客席がひとつづきになって、その空間を森が支配するような夢幻の世界」(大野)。それを新国立劇場が買い取った。これもかねて大野が掲げている施策のひとつで、今後は他劇場へのレンタルも可能な新国立劇場の所有レパートリーとなる。指揮はイングリッシュ・ナショナル・オペラ音楽監督でブリテンのスペシャリスト、マーティン・ブラビンス。物語の始めに騒動の種をまく妖精の王オーベロンを、大野が「わたしたちの誇るカウンターテナー」と称賛する藤木大地が演じる。
なお、舞踊部門の『シェイクスピア“ソネット”』(2020年11月)、演劇部門の『リチャード二世』(2020年10月)と、今秋は3部門ともシェイクスピア関連の作品を上演する。これは3人の芸術監督の協議による、足並みを揃えた連携。
藤倉大『アルマゲドンの夢』(日本人作曲家創作委嘱シリーズ第2弾)

創作委嘱作品・世界初演『アルマゲドンの夢』作曲 藤倉 大 ©Alf Solbakken
大野監督が「来シーズン、最も注目が集まるはず」と力を込めたのがこの新作オペラ。いま世界が注目する作曲家である藤倉大の作品がいよいよ新国立劇場に登場する。藤倉のオペラ3作目となるが、日本で演出付きで舞台上演されるのはこれが最初(2018年10月に処女オペラである『ソラリス』が演奏会形式で日本初演されている)。その《アルマゲドンの夢》の原作は、“SFの父”H.Gウェルズの『世界最終戦争の夢』。20世紀初頭の小説だが、大野は「現代の私たち、その未来へ問いかける作品に」と依頼したという。また大野は、藤倉の音楽の特徴を「音がポンと浮かび上がる運動性があり、音のかたまりが飛び出してくる」と表現。その音楽の空間性が、今回の原作を呼んだように感じていると述べた。現代作品の初演ではかなり異例なことだと思うが、藤倉はすでに昨年春にスコアを書き終えているのだそう。指揮は大野和士。演出は2018年ザルツブルク音楽祭の《魔笛》が注目を浴びたアメリカの女性演出家リディア・シュタイアー。
また大野は、日本人作曲家委嘱シリーズの第1弾だった2018/19シーズンの西村朗『紫苑物語』が欧州のオペラ雑誌等で大きく取り上げられたことを紹介し、海外への発信という点で大いに感触を得ている様子。「その一つ一つの積み重ねがやがてボディブローのように効いてくる」。今回は英語台本ということもあり(西村作品は日本語上演)、海外の劇場での上演の可能性も含めて、さらに大きく期待が高まりそうだ。
イーゴリ・ストラヴィンスキー 『夜鳴きうぐいす』/ピョートル・チャイコフスキー『イオランタ』(ダブルビル・シリーズ第2弾)
短編オペラを2本立てで上演する、大野の「ダブルビル」計画の第2弾。さらに、2019/20シーズンに『エウゲニ・オネーギン』でスタートしたロシア・シリーズの第2弾でもある。『夜鳴きうぐいす』の原作はアンデルセン、『イオランタ』も同じデンマークの作家ヘンリク・ヘルツの戯曲をもとにした作品で、大野は、「童話」をキーワードに結びつくダブルビルだと、プログラム意図を説明した。

会見でラインアップについて語る芸術監督の大野和士 撮影:寺司正彦
『夜鳴きうぐいす』は、ストラヴィンスキーが1908年に着手し、ディアギレフのバレエ・リュスに依頼された『火の鳥』『ペトルーシュカ』『春の祭典』の三大バレエで中断したのちに完成した作品。大野は、リムスキー=コルサコフを思わせる民謡風のメロディから、『春の祭典』のような咆哮、『エディプス王』の死の場面を思わせる点描のような音楽など、ストラヴィンスキーの一生の軌跡が内包されているような、注目すべき名作だと説く。
一方の『イオランタ』は、死の前年に完成・初演されたチャイコフスキーの最後のオペラ。大野はその音楽を、「純粋、繊細、無垢」と評した。「それはチャイコフスキーの人柄そのもの。音楽家としてのチャイコフスキーの集大成が、この最後のオペラに盛り込まれている」(大野)
じつは昨年、この上演を見据えて、新国立劇場オペラ研修所の若手歌手たちによる『イオランタ』が上演されている。演出はその公演も手がけた名匠ヤニス・コッコス。指揮は、先述の『エウゲニ・オネーギン』でも高い評価を得たアンドリー・ユルケヴィチ。
ジョルジュ・ビゼー『カルメン』
新国立劇場23年目のシーズンでじつに4度目の新制作となる『カルメン』の演出は、スペインの演劇集団「ラ・フラ・デルス・バウス」のアレックス・オリエ。昨年彼が手がけた、新国立劇場と東京文化会館共同制作の『トゥーランドット』では、スケール大きな舞台装置と、姫が自ら刃を突き立てて命を絶つショッキングなラストシーンも大きな話題となった。大野はそのラストシーンを見て咄嗟に、「もしこれが『カルメン』だったらどうなるのだろう?」と考えたのだそう。その「もし」が実現。
「彼と『カルメン』の話をしたら、『それは私の国の作品だ』とつぶやいたのが私の心を引き寄せた。彼は室内楽的な密室空間でカルメンやドン・ホセ精神模様の変化を描きたい、それがビゼーの音楽に適合するだろうと言っている。おそらく昨年の『トゥーランドット』の巨大な装置とはまったく視点の異なるヴィジュアルの演出をしてくれると思う」(大野)
指揮は芸術監督の大野自身。題名役にはバロック・オペラでも高い評価を得るフランスのメゾ・ソプラノ、ステファニー・ドゥストラック、ドン・ホセ役にはロシアの新星テノール、ミグラン・アガザニアンが出演する。
すでに上演されているレパートリー演目も多彩なラインアップ

J・シュトラウスII『こうもり』より 撮影:寺司正彦
J・シュトラウスII『こうもり』は、2006年新制作のハインツ・ツェドニク演出のプロダクションで、これが6度目の上演。イタリアの歌劇場でキャリアを築いているアメリカ人指揮者クリストファー・フランクリンが招かれた。アイゼンシュタインのダニエル・シュムッツハルト(テノール)、ロザリンデのアストリッド・ケスラー(ソプラノ)ら、大野が「歌い手としてだけでなく、アクター、アクトレスとして、類まれな技量を持つ」と太鼓判を押す歌手たちが顔をそろえる。
アントネッロ・マダウ=ディアツが新国立劇場開場4年目の2000年に演出したプッチーニ『トスカ』は、これが8度目の上演で、他に高校生のための鑑賞教室でも2度上演されている、劇場定番の舞台。トスカ役には同役で高く評価されている赤丸急上昇中のソプラノ、キアラ・イゾットンと、カヴァラドッシ役に人気テノールのフランチェスコ・メーリが登場する。指揮は、大野が「まだ若いがいまやイタリア・オペラの巨匠の一人」と評価するダニエレ・カッレガーリ。

プッチーニ『トスカ』より 撮影:寺司正彦
アンドレアス・ホモキ演出のモーツァルト『フィガロの結婚』も、2003年新制作の新国立劇場の定番プロダクションで、これで7度目の上演。ウィーン国立歌劇場などで活躍する指揮者エヴェリーノ・ピドが日本初登場。「アンサンブルがたいへん重要な音楽。それにふさわしい、若い歌い手さんを中心に配役した。そのなかでも、ひと晩を歌い切ることのできる日本人のスターを起用した。これはずっと心がけていきたいこと」と大野。すでにキャリア十分の脇園彩(ソプラノ)のケルビーノ、そして昨年2月の『紫苑物語』で狐の化身・千草を歌った臼木あい(ソプラノ)が再び抜擢されてスザンナを歌う。

モーツァルト『フィガロの結婚』より 撮影:寺司正彦
2015~2017年に3シーズンをかけて新制作したゲッツ・フリードリヒ演出の新国立劇場2つ目の『神々の黄昏』。その第1日『ワルキューレ』の再演。その初演時の指揮者であり、オペラ芸術監督だった日本のワーグナーの第一人者・飯守泰次郎が新国立劇場の指揮台に戻ってくる。ダニエル・キルヒ(テノール/ジークムント)、アイン・アンガー(バス/フンディング)、エギルス・シリンス(バス/ヴォータン)、エリザベート・ストリッド(ソプラノ/ジークリンデ)、イレーネ・テオリン(ソプラノ/ブリュンヒルデ)、藤村実穂子(メゾ・ソプラノ/フリッカ)と豪華なキャスト。「世界でもなかなか揃うことのない配役。それを飯守先生に十分に料理していただくので、(芸術監督の)私としてはたいへんに気が楽なプロダクション。一聴衆として、肩の力を抜いて鑑賞したい」(大野)

ワーグナー 楽劇『ニーベルングの指環』第1日『ワルキューレ』より 撮影:寺司正彦
ドニゼッティ『ルチア』は、2017年にモンテカルロ歌劇場との共同制作で新制作したジャン=ルイ・グリンダ演出のプロダクションの4シーズンぶりの再演。ベルギー・リエージュのワロニー歌劇場の音楽監督を務める注目の女性指揮者スペランツァ・スカプッチが新国立劇場初登場。題名役には2017年の『椿姫』にも主演したイリーナ・ルング(ソプラノ)が再登場。ルチア役といえばなんといっても高音の超絶技巧を聴かせる「狂乱の場」が最高の見せ場だが、大野は、「じつはその伏線として中音域の声が充実していなければ、狂乱した高音のコロラトゥーラの意味があまりない。彼女は下から上まで響きがつながる、驚異的なテクニックを持っているので、『なるほど。だからこの高い音で狂乱なのか』と納得させてくれると思う」と期待を寄せた。

ドニゼッティ『ルチア』より 撮影:寺司正彦
2006年のシーズン開幕を飾ったマルコ・アルトゥーロ・マレッリ演出のヴェルディ『ドン・カルロ』は、2014年以来2度目の再演。現代の巨匠の一人で新国立劇場でもおなじみのパオロ・カリニャーニの指揮。フィリッポ二世に、意外にもこれが新国立劇場初登場となるミケーレ・ペルトゥージ(バス)、ドン・カルロにルチアーノ・ガンチ(テノール)。そしてロドリーゴには『紫苑物語』で主役を歌った高田智宏(バリトン)が起用される。「ロドリーゴはこのオペラのキーパーソンとなる役。それを高田さんに歌っていただく。高田さんを中心に『ドン・カルロ』の大悲劇が回っていくという仕掛けになっています」(大野)

ヴェルディ『ドン・カルロ』より 撮影:寺司正彦
以上が新国立劇場2020/2021シーズンの上演ラインアップ。大野和士芸術監督が、「非常に挑戦的なプログラムが並んでいる。今までご覧になったことがないものがたくさん出てまいりますので、ぜひご注目いただきたい」と締めくくったように、多様な見どころ・聴きどころが満載だ。充実の上演に期待が高まる。
宮本明 Akira Miyamoto
東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。『レコード芸術』『音楽の友』『GRAND OPERA』など音楽雑誌の編集部勤務を経て、2004年からフリーランスの音楽ライター、編集者として活動。雑誌、インターネット媒体への寄稿、音楽書籍の編集、CD録音の監修・制作など、形態を問わず音楽関連の仕事を手がけている。