2020 / 09 / 07
コロナ禍で行われた第44回ピティナ・ピアノコンペティション、特級ファイナル グランプリは東京藝大大学院在学中の尾城杏奈!

グランプリを受賞した尾城杏奈 ©T.Tairadate
新型コロナウイルスの影響で、ソロ部門特級、Pre特級、G級以外の開催がやむなく中止となってしまった第44回ピティナ・ピアノコンペティション(主催:一般社団法人全日本ピアノ指導者協会)。代替企画として「課題曲チャレンジ」が実施されるなど、異例づくしとなった今年の開催だったが、8月21日に行われた特級ファイナルのライブ配信再生数は、ファイナル当日だけで8万回にのぼり、ユニークで4万人が視聴、最大同時接続数(=瞬間における視聴数)は過去最多の8,000名超を記録。例年は平均して2,500人ほどだったところ、3倍以上もの人々が同じ時間に画面の前で応援し、新たなコンクールの可能性を示す形となった。グランプリには、余裕を感じさせる演奏で観客を魅了した尾城杏奈が選出。翌々日に行われたYouTubeライブで喜びの声を語った。
文:井手朋子(クラシカ・ジャパン編成部)
ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第3番」が並んだ特級ファイナル
特級ファイナルの本番直前、一般社団法人全日本ピアノ指導者協会の福田成康専務理事は「特級セミファイナルには、昨年の6倍のオンライン聴衆が集まってくださった。ピアニストは聴衆が育てるものと思っているが、今回6倍もの方が聴衆になってくださったことは非常に大きな出来事だった」と挨拶。その言葉どおり、今年はオンラインがかつてない盛り上がりを見せた。
本番は4人のファイナリストたちが東京交響楽団と協奏曲を披露したが、今年はなんと3名がラフマニノフの「ピアノ協奏曲第3番」を選択(もう1名の山縣美季はショパンのピアノ協奏曲第2番を演奏)。途中で飽きてしまうかもしれないという聴き手の想いは杞憂に終わり、三者三様のラフマニノフを聴かせてくれた。
高いアンサンブル力と安定感が評価されたグランプリの尾城杏奈
グランプリを受賞した尾城杏奈は、オーケストラと何度もアイコンタクトを交わしながら見事なアンサンブルを披露。本番直前の舞台袖で、指揮の岩村力から「どんなことがあってもついて行くよ」という心強い言葉をかけられ、緊張が解けて気持ち良くアンサンブルすることができたそうだが、本番は完全に曲と場を自分のものにしていた。
翌々日に行われたYouTubeライブにゲスト出演した音楽評論家の澤谷夏樹は「今年の特級は全体を通して演奏水準が上がり、若い方のパッション、勢いが評価されたことで、歴代稀に見る平均年齢が大変若いファイナリストたちが揃った」とコメント。尾城に対しては「ピアノという楽器のメカニズムをよくご存知で、かつそれに対する体の使い方を分かっている方。だからこそ安定した均質な演奏が可能になる。大変高い技術の結晶で、それが結果的に演奏に余裕を生んでいるが、この余裕というのは非常に大切。今回はその余裕をオーケストラに振り向けることができ、極めて高いアンサンブル能力につながったのではないか」と分析した。
また、10年近く尾城の演奏を聴いてきたという一般社団法人全日本ピアノ指導者協会育英室長の加藤哲礼は「オーケストラの中でもピアノが埋もれずに、1つの楽器として謙虚に、だけど存在感も持って独特な色彩感を放っていた。それに高度なアンサンブル能力が合わさってあのような演奏が生まれたのだろう。ラフマニノフのような分厚い和音の連なる曲でも、音が割れずに、適切なバランスで美しく鳴ってくるのが彼女の美点。ここ2年で、本当に成長したと思う」と称えた。
聴衆賞の名にふさわしい森本隼太の白熱した演奏
今年は他のファイナリストたちも強者揃いだった。銀賞を受賞した森本隼太は、高校1年生と思えぬプロ顔負けのエネルギッシュな演奏で聴く者を圧倒。ライブ配信の視聴者たちは「コンクールなのにリサイタルかのような演奏!」「音が多彩で引き込まれる」といったコメントを次々と書き込み、その躍動感ある演奏に釘付けとなった。森本は惜しくもグランプリは逃したものの、聴衆賞を受賞。観客の支持を集めた。
音楽評論家の澤谷は「実際の身振りも音に関しても、歌舞伎の見得を切っているような様子が印象的だった。一方、緊張と緩和を描く部分では両面がマイルドに移行し、それが派手さとスタイリッシュさの対比になっていた。そのあたりのバランスが聴き手に支持され、聴衆賞を受賞した理由の1つになったのではないか」と評した。
トップバッターという重圧を跳ねのけた谷昂登
銅賞を受賞した谷昂登は、16歳という若さでありながらラフマニノフの哀愁を見事に表現。1音1音に情感を込め、フレーズを大切に紡ぎ出す姿が印象的で、音楽評論家の澤谷は「緊張と緩和のニュアンスを表現できている非常に優れた演奏。同じフレーズでもさまざまな表現方法を持っていて、表情の変化に関して言えば極めて老成している」と話した。
安定感あるショパンを聴かせた山縣美季
唯一ショパンの「ピアノ協奏曲第2番」を選んだ山縣美季は、ステージ上で豊かで滑らかな音色を披露。音楽評論家の澤谷は「大変高い技術で均質にピアノを操ることができる方。ショパンの演奏で大切なことの1つは音の粒立ちだが、それを表現するための基礎力が鍵盤上で発揮できていた。グランプリを受賞した尾城さんと同門ということだが、先生のご指導が優れていることがわかる。基礎の積み重ねがああいったところに出てくるのだと感心しながら拝聴した」と話した。
昨年は弱冠17歳の亀井聖矢がグランプリを受賞したことが話題となったが、今年は全体的にさらなる若返りを見せたピティナ・ピアノコンペティション。今後ファイナリストたちがどのような活躍を見せるのか、今から楽しみでならない。
第44回ピティナ・ピアノコンペティション 特級ファイナル 結果
グランプリ:尾城 杏奈(おじろ あんな)
銀賞・聴衆賞:森本 隼太(もりもと しゅんた)
銅賞:谷 昂登(たに あきと)
入選:山縣 美季(やまがた みき)
特級ファイナル本番前のファイナリストたちのインタビューやその他出場者たちの演奏は、ピティナYoutubeチャンネルをご覧ください。