2020 / 09 / 09
東京二期会が2021/2022 シーズンラインアップを発表

左より、山口毅事務局長、東京二期会理事長に就任した清水雅彦(経済学者/慶應義塾大学名誉教授)、嘉目真木子(ソプラノ)、今井俊輔(バリトン)
9月3日に新国立劇場で上演された東京二期会オペラ劇場のベートーヴェン『フィデリオ』。新型コロナウイルス感染症拡大の状況がいまだ予断を許さないなか、オペラ上演にもさまざまな困難が伴う。開催に至る関係者のオペラへの情熱と努力、不屈の意思に心から敬意を表したい。劇中でドン・フェルナンド大臣の到着時に鳴りわたるトランペットのファンファーレは、2020/2021年シーズン開幕を告げるとともに、オペラ活動の再開を祝うように、晴れがましく響いた。
さて、新しいシーズンの開幕に先だち、早くもその次、2021/2022年シーズン(2021年9月~2022年7月)の上演ラインアップが発表された。2022年に創立70周年を迎える二期会にとって節目のシーズン。初日前日、東京二期会理事長に就任した清水雅彦氏(経済学者/慶應義塾大学名誉教授)と山口毅事務局長、今シーズンの出演者からソプラノの嘉目真木子とバリトンの今井俊輔が出席して記者会見が開かれた(9月2日、新国立劇場オペラパレス・ホワイエで)。
取材・文:宮本明(音楽ライター)

ラインアップを説明する山口事務局長
2021/2022年シーズン全体を束ねるテーマは「誘惑の綾」だ。
「どのオペラにもさまざまな誘惑が描かれていて、その誘惑が登場人物たちのその後の人生をどのように綾なしていくか。そんなことが気になってくるような作品を集めた、みなさまをオペラに誘惑するような作品。二期会の綾なすオペラの森へお誘いしたい」(山口事務局長)。
個々の演目を見てみよう(キャスト等詳細の発表は後日)。
●2021年9月8日(水)、9日(木)、11日(土)、12日(日)東京文化会館
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト:歌劇『魔笛』
指揮:リオネル・ブランギエ
演出:宮本亞門
管弦楽:読売日本交響楽団
タミーノやパパゲーノがさまざまな誘惑に打ち勝っていく『魔笛』。このプロダクションは、オペラ演出家としての宮本亞門の代表作のひとつ。2013年に二期会とオーストリアのリンツ州立劇場との共同で制作された(日本初演は2015年)。宮本にとってヨーロッパでの初めてのオペラ演出。プロジェクション・マッピングを多用した演出が大きな話題を呼んだ舞台の、待望の再演。指揮はフランスのリオネル・ブランギエ。6年前、28歳の若さでスイスの名門チューリヒ・トーンハレ管弦楽団の音楽監督に就任した俊英だ。これが日本でのオペラ・デビュー。会見に出席した嘉目真木子が、2015年の日本初演時に続いてパミーナ役を演じることが発表された。
●2021年11月25日(木)/26日(金)/27日(土)/28日(日)日生劇場(日生劇場との共催)
ヨハン・シュトラウスII:喜歌劇『こうもり』
指揮:川瀬賢太郎
演出:アンドレアス・ホモキ
管弦楽:東京交響楽団
妻とは気づかずに言いよる伯爵と、彼をこらしめるようと騙す妻の、虚々実々の誘惑合戦。『こうもり』は伝統的にオペレッタの上演にも力を入れてきた二期会の十八番で、過去にも数々の名舞台を生んでいる。今回のアンドレアス・ホモキ演出は、ベルリン・コーミッシェ・オーパーとの提携公演として2017年に制作したプロダクション。奇を衒うことのない正攻法の舞台だ。再演だが、ホモキ自身が来日して、あらためて演出に当たる予定。歌唱はドイツ語、セリフは日本語での上演。初演プロダクションでは看守フロッシュを俳優のイッセー尾形が演じ、アドリブ連発で喝采を浴びていた。指揮者には世代を牽引する若きマエストロ川瀬賢太郎が登場して注目必至。
●2022年2月9日(水)/10日(木)/12日(土)/13日(日)(会場未発表)
【新制作】リヒャルト・シュトラウス:歌劇『影のない女』
指揮:アレホ・ペレス
演出:ペーター・コンヴィチュニー
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
霊界から来た影のない皇后と、彼女のために影を譲れと迫られた人間夫婦。それぞれの信念が、影をめぐる誘惑に打ち勝つ。ドイツ・オペラを得意とする二期会だが、やや意外なことに、これが初めての上演だという。ボン歌劇場との共同制作。この日本公演がワールド・プレミエとなる、真の日本発プロダクションだ。演出は現代屈指の名匠ペーター・コンヴィチュニー。2006年の『皇帝ティトの慈悲』(モーツァルト)から始まったコンヴィチュニーと二期会のコラボは、これが6作品目。1945年1月生まれのコンヴィチュニーは上演時に77歳なので、日本流にいえば喜寿の記念作品。ピットに入る新日本フィルは、1980年代のヘネシー・オペラ・シリーズなど、かつては小澤征爾らとともにオペラ上演も活動の柱のひとつとしていた。今後二期会との定期的なコラボレーションが予定されているというから楽しみだ。指揮はフランダース・オペラの音楽監督を務めるアレホ・ペレス。
●2022年4月23日(土)/24日(日)Bunkamura オーチャードホール
【新制作】ジャコモ・プッチーニ:歌劇『エドガール』(セミ・ステージ形式上演)
指揮:アンドレア・バッティストーニ
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
セミ・ステージ形式上演の「東京二期会コンチェルタンテ・シリーズ」第4弾。プッチーニ2作目のオペラ『エドガール』は、上演機会の少ないレア作品だ。題名役のエドガールが悪女の誘惑にろうらくされながらも、恋人との真実の愛に目覚めていくというストーリー。指揮はイタリア指揮界の風雲児アンドレア・バッティストーニ。イタリア・オペラの紹介を使命とする彼が自信をもって贈る隠れた名作。2019年に二期会の『蝶々夫人』(宮本亞門演出)を指揮した際に、この企画が持ち上がったのだそう。オーケストラはもちろん、バッティストーニが首席指揮者を務める手兵の東京フィル。
●2022年7月13日(水)/14日(木)/16日(土)/17日(日)(会場未発表)
【新制作】リヒャルト・ワーグナー:舞台神聖祝典劇『パルジファル』
指揮:セバスティアン・ヴァイグレ
演出:宮本亞門
管弦楽:読売日本交響楽団
ワーグナー最後の作品がシーズンのフィナーレを飾る。妖艶なクンドリは、かつて聖杯を守る王を誘惑して聖槍を奪い、今度は救済者パルジファルに誘惑をしかける魔性の女。「誘惑」のシーズンを締めくくるにふさわしい演目だと言えそうだ。演出には、シーズン開幕の『魔笛』に続いて宮本亞門が再登場。初のワーグナー演出である。2019年2月に上演した宮本演出の『金閣寺』(黛敏郎)と同じく、フランスのラン歌劇場との共同制作で、感染症拡大の直前、今年1~2月にストラスブールとミュールーズの同劇場で初演された。現地の記事によると、宮本は中世の騎士の物語を、現代の博物館を舞台に展開した。「パルジファルとは何者なのか?」という今日的な視点を交えながら、救済と贖罪への精神の旅を描いている模様。指揮は読響常任指揮者のセバスティアン・ヴァイグレ。フランクフルト歌劇場の音楽総監督を務める、オペラの、とりわけドイツ・オペラのエキスパートでもある。二期会とは2017年の『ばらの騎士』、2019年の『サロメ』に続いての仕事。この日の会見では、その『サロメ』が第28回三菱UFJ信託音楽賞を受賞することが決まったという、めでたい速報も伝えられた。
以上が、発表された二期会の2021/22年シーズン・ラインアップだが、『フィデリオ』でスタートしたばかりの今シーズンもたいへんな充実ぶりだ。今年上演予定だった2演目も組み込まれたため、2021年8月までにすべて新制作の全7演目が並ぶ。
2019年ブザンソン国際指揮者コンクール優勝の沖澤のどかが指揮する2020年11月のレハール『メリー・ウィドー』。年が明けて2021年1月には2演目。まずは今年4月から延期されたサン=サーンス『サムソンとデリラ』(セミ・ステージ形式上演)は、当初予定されていた準・メルクルに代わり、これが日本でのオペラ・デビューとなるフランスの実力派ジェレミー・ローレルが指揮。そしてワーグナーのスペシャリストである、初来日のアクセル・コーバーの指揮、「トーキョー・リング」のキース・ウォーナー演出によるワーグナー『タンホイザー』。2021年5月には、3年に1度のバロック・オペラ・シリーズ「二期会ニューウェーブ・オペラ劇場」でヘンデル『セルセ』。指揮者・鈴木秀美が3度目の登場。2021年7月のヴェルディ『ファルスタッフ』は、ベルトラン・ド・ビリー指揮、ロラン・ペリー演出のフランス・コンビで。さらに2021年8月には、今年7月に上演予定だったカロリーネ・グルーバー演出のベルク『ルル』を振替上演する。この公演で振付を担当するダンサーの中村蓉は、前記『セルセ』で演出家デビューも果たす。
出演者を代表して会見に出席した嘉目真木子(ソプラノ)と今井俊輔(バリトン)は次のように語った。
「ハンナの目線で見ると、『メリー・ウィドー』は、かつてかなわなかったダニロへの愛を成就させる物語。ダニロの前だけで見せる可愛らしい姿が、演じるうえでポイントになる。いま役作り中で、現場に行くのが楽しみ。このわくわくをお届けしたい。13年前の二期会デビューも『魔笛』のパミーナ役で、今度で3度目。同じ役で出演する時は、前回と同じではなく、新たに何かを肉付けしていきたい。2015年の初演の時に体験した、こんなことが起きるのかと思うような客席の熱量をぜひまた感じたい」嘉目真木子(2020年11月『メリー・ウィドー』ハンナ役、2021年9月『魔笛』パミーナ役)
「『ファルスタッフ』の見どころはバリトンが二人いること。ファルスタッフとフォード。二人の二重唱をぜひ聴いてほしい。フォードは英雄的なバリトンで、僕もやりたい役だが、イタリアの先生から、『あなたがフォードをやったら、ファルスタッフは誰がやるの? 日本でやるならあなたでしょう』と言われた。僕の好きなのはレナート・ブルゾンとレオ・ヌッチの共演。この組み合わせが最高」今井俊輔(2021年7月『ファルスタッフ』ファルスタッフ役)
またこの日は、公演動画の無料インターネット配信の開始も発表された。当面は、今シーズン開幕の『フィデリオ』以下のいくつかの演目を、公式YouTubeチャンネルで配信していく。経済産業省が文化コンテンツの海外展開を支援する助成金「J-LOD」を活用した事業で、英語字幕をつけ、感染予防対策の紹介なども盛り込んだドキュメンタリーとすることで、海外の劇場関係者への情報発信の意味合いも含めたプロジェクトになるという。海外向けではあるが、もちろん国内でも視聴可能だろう。
ステイホームで俄然関心が高まっているインターネット配信。上演と並んで、こうした新しい試みに挑む二期会にも大いに期待し、注目していきたい。
宮本明 Akira Miyamoto
東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。『レコード芸術』『音楽の友』『GRAND OPERA』など音楽雑誌の編集部勤務を経て、2004年からフリーランスの音楽ライター、編集者として活動。雑誌、インターネット媒体への寄稿、音楽書籍の編集、CD録音の監修・制作など、形態を問わず音楽関連の仕事を手がけている。