2020 / 10 / 27
日本オペラ振興会が2021/22シーズンの主催公演ラインアップを発表

日本オペラ振興会2021-22記者発表会 ©公益財団法人日本オペラ振興会
日本オペラ振興会(渡辺佳英・理事長)は、日本のオペラ・カンパニーのパイオニアである藤原歌劇団と、日本人作曲家のオペラの創作と発展に大きく寄与する日本オペラ協会が、1981年に合併して誕生した団体。来年、設立40周年の節目を迎える。このたび、その記念シーズンである2021/22シーズンの主催公演ラインアップを発表し、記者会見を開いた(10月16日・日本記者クラブ)。渡辺理事長と、折江忠道・藤原歌劇団総監督、郡愛子・日本オペラ協会総監督、そして公演出演者らが登壇し、全5公演6演目のうち5演目が新演出上演という、40周年にふさわしい力のこもったラインアップについて語った。
取材・文:宮本明(音楽ライター)
幕開けは設立以来初の日本オペラ協会と藤原歌劇団の共同制作
アニヴァーサリー・シーズンの幕開けは2021年4月公演。設立以来初めてとなる、日本オペラ協会と藤原歌劇団の共同制作で、池辺晋一郎の『魅惑の美女はデスゴッデス!』とプッチーニ『ジャンニ・スキッキ』を、2本立てで新制作上演する。両作品とも喜劇。にもかかわらすどちらも「死」を扱っているという共通点もある。演出は岩田達宗。
『魅惑の美女はデスゴッデス!』は、古典落語の『死神』を下敷きとして、映画監督の今村昌平が台本を書き下ろした1971年制作のテレビ・オペラ。1978年に日本オペラ協会が舞台版を初演した。落語ではよぼよぼの老人として描かれている死神役を、ソプラノがコミカルに、そして妖艶に演じる。今回は長島由佳と相樂和子の「魅惑の美女」2人によるダブル・キャスト。相樂はこれが日本オペラ協会デビューとなる。死神の誘惑に翻弄される主人公の葬儀屋・早川(バリトン)を村松恒矢/山田大智が演じる。
一方の『ジャンニ・スキッキ』について、藤原歌劇団総監督の折江は、オペラ歌手にとって重要なイタリア語との接点であるレチタティーヴォが、完成された形で書かれた作品だと語る。
「レチタティーヴォとアリアの区別が曖昧で、全編が音楽の流れの中で展開する作品。どこまでが語りでどこからが歌なのかわからない。それを印象づけるためには、言葉の力、イタリア語の力が絶対に必要。歌い手にも、言葉の力を通してより深い芸術性を習得してもらいたい」
出演は、題名役ジャンニ・スキッキ(バリトン)に上江隼人/牧野正人、その娘ラウレッタ(ソプラノ)に砂川涼子/別府美沙子ほか。

長島由佳 ©Yoshinobu Fukaya
「死神役はその魅惑的な誘惑に視線が集まりやすいが、過去に2度演じて、心の中に次第に欲や愛が芽生え、揺れ動くさまも大事だと感じている。そこも納得していただけるように表現したい。今回は『ジャンニ・スキッキ』との同時上演なので、今まで日本のオペラを見る機会がなかったという人にも見ていただけると思う。映画の邦画と洋画の違いを楽しむような気持ちで楽しく見てほしい」
6月には日生劇場と藤原歌劇団の共催で『蝶々夫人』
2021年6月の藤原歌劇団のプッチーニ『蝶々夫人』は日生劇場との共催公演。1984年に制作され、今なお藤原歌劇団を代表するプロダクションのひとつである、故・粟國安彦の演出で上演する。美術も衣裳も美しい名舞台。現在日生劇場の芸術参与を務めるのは、その粟國の長男である演出家・粟國淳。演出家デビューとなった1997年の『愛の妙薬』はじめ、藤原歌劇団との仕事も多い。「粟國一族の系譜が反映される」と折江。蝶々夫人(ソプラノ)に小林厚子/伊藤晴、ピンカートン(テノール)に澤﨑一了/小笠原一規。指揮は、今年8月のコロナ禍でのオペラ復活を告げる藤原歌劇団『カルメン』や、来年1月の『フィガロの結婚』に続いての登場となる、若手の鈴木恵里奈。
・鈴木恵理奈(指揮)の話
「まだ大学院生だった時に初めて副指揮の仕事をしたのが粟國淳さん演出の『蝶々夫人』だった。そして藤原歌劇団で、2015年に初めて副指揮を務めたのも2019年にデビューしたのも、この粟國安彦先生演出の『蝶々夫人』。美術や衣裳の美しさに息を飲み、作品の本質を純粋にまっすぐお客様に伝える素晴らしい演出に助けられた。期待に応えられるよう、努力を惜しまず邁進したい」

小林厚子 ©Yoshinobu Fukaya
「このプロダクションに何度か関わってきた。ケイト(ピンカートンの本妻)を3度、蝶々さんは今度で3度目。同じ役を繰り返すのはレパートリーを作っていくうえで本当にありがたいこと。初めてケイトを演じてからはだいぶ時が経ったが、その間、声や演技、音楽、そして舞台に向かう姿勢までも、先輩たちの背中から教わってきた。私も次につなげられるような歌手、蝶々さんでありたい」
日本のオペラ界の将来を見据えた配役が特徴のベッリーニ『清教徒』
折江が「公演を打つ側にとっては怖い作品をあえて」と決意をあらわにしたのが、2021年9月の藤原歌劇団のベッリーニ『清教徒』。作曲家最後の作品で、1989年の藤原歌劇団の上演が日本初演だった。
「歌手に非常に難しい技術が要求される。しかし、技術と表現力により深く磨きをかけるために避けて通れない作品。ベテラン、中堅を適材適所に配置。日本のオペラ界の20年、30年先を考え、若い歌い手も積極的に配役している」(折江)
佐藤美枝子と光岡暁恵が演じる主役のソプラノ、エルヴィーラが超絶技巧を駆使して歌う第2幕の狂乱の場が最大の見せ場。一方で、その恋人アルトゥーロ役のテノールに、超高音のF(ファ)が出てくることでも注目されるオペラ。今回は澤﨑一了と山本康寛という、タイプの異なる二人のテノールが起用されているのも興味深い。松本重孝演出による新制作上演。

佐藤美枝子
「待望のベルカント・オペラ『清教徒』。声楽を始めてからずっと、ベルカント唱法に特化して勉強してきた。1989年にルチア・アリベルティが出演した藤原歌劇団の日本初演の『清教徒』を見て、いつかこのエルヴィーラを、藤原歌劇団の大きな舞台で、絶対に歌わせていただきたいと念じた。32年たってそれが叶った。努力を惜しまず進んでいても、オペラの場合はその役でオファーをいただかなければ願いは叶わない。本当に感謝したい」
藤原は26年ぶりとなるヴェルディ『イル・トロヴァトーレ』も
2022年1月には藤原歌劇団が26年ぶりにヴェルディ『イル・トロヴァトーレ』を上演する。ヴェルディ作品の中でも極め付きの声の饗宴といえるこのオペラ。1996年の前回公演は、マリア・グレギーナ(ソプラノ)やアルベルト・クピード(テノール)という旬のスター歌手を海外から迎えたことも話題だったが、四半世紀を経て、今回は日本人歌手たちがわが国のオペラ界の水準を示す。ヒロインの絶世の美女レオノーラ(ソプラノ)を小林厚子/西本真子、その恋人マンリーコ(テノール)を笛田博昭/村上敏明が、二人と三角関係になる敵役ルーナ伯爵(バリトン)を須藤慎吾/上江隼人、そしてこのオペラの真の主人公ともいえるアズチェーナ(メゾ・ソプラノ)を松原広美/桜井万祐子が演じる。粟國淳による新演出。
「東京文化会館の大きな空間で、ヴェルディの正統派グランド・オペラ、オペラの一番の原点となるグランド・オペラを上演したい。コロナの中、どんな状態でもオペラができるんだということを信じて取り上げた」(折江)
・レオノーラ役・小林厚子の話
「レオノーラは初役。1996年にはまだ学生で、公演を見にきた。キラキラとした素晴らしい音楽、素晴らしい歌手たちの溢れ出る魅力に魅了されて、それ以来憧れの役だった。今シーズン出演する蝶々さんとレオノーラはどちらも自ら死を選ぶヒロインだが、その生きざまをいきいきと演じたい。舞台袖でスタンバイしている時はいつも、これから果てしない旅に出るような気持ち。よい旅ができるよう、よい公演をお届けできるようにしっかり準備して臨みたい」
ラストを飾るのは日本オペラ協会による『ミスター・シンデレラ』
設立40周年シーズンは、日本オペラ協会の伊藤康英作曲『ミスター・シンデレラ』で幕を閉じる。2001年に鹿児島オペラ協会が委嘱初演した作品。2004年に日本オペラ協会が東京初演している。日本オペラ協会総監督の郡は、「2017年に総監督に就任した時から、楽しくて洒落ていて、大笑いしたあとに最後はほろっと涙するような、そんな作品がないかと探してこの作品に行き着いた」と語る。
物語は倦怠期を迎えた中年の研究者夫婦が主人公。ある日夫が誤って飲んだ女王蜂の性ホルモンのせいで、突然美しい赤毛の女に変身する体になってしまったことで引き起こす大騒動。主人公夫婦を山本康寛/海道弘昭(テノール)と鳥海仁子/別府美沙子(ソプラノ)、赤毛の女を鳥木弥生/佐藤祥(メゾ・ソプラノ)が演じる。「スピリチュアリスト」としておなじみの江原啓之が研究者の父親役で出演するのも注目だ。声楽を学び、オペラ出演経験もある江原(バリトン)を、郡総監督がこの役に適任と判断し、当会所属歌手として配役された。

高木達
新演出を担当するのは、作品の台本作家でもある高木達。会見に出席した高木は次のように語った。
「若い人たちも身近な音楽としてオペラを欲している。そんな人たちに見てほしいと考え、現代人の視線で描いた、メタファーを使ったファンタジー。最後は夫婦とは何か、愛とは何かというテーマに集約されていく。コロナ禍で夫婦や家庭の問題が今まで以上に話し合われている中でこのオペラが選ばれたのはタイムリーだと思う。家族の絆を確かめるような思いを持って劇場を後にしてほしい」
日本オペラ振興会2021/22シーズン公演ラインアップ
日本オペラ振興会設立40周年記念
●池辺晋一郎『魅惑の美女はデスゴッデス!』(日本オペラ協会)【新制作】
●ジャコモ・プッチーニ『ジャンニ・スキッキ』(藤原歌劇団)【新制作】
2021年4月24日(土)、25日(日) テアトロ・ジーリオ・ショウワ
指揮:松下京介/演出:岩田達宗
藤原歌劇団・NISSAY OPERA 2021公演
●ジャコモ・プッチーニ『蝶々夫人』
2021年6月25日(金)、26日(土)、27日(日) 日生劇場
指揮:鈴木恵里奈/演出:粟國安彦
藤原歌劇団公演(共催:新国立劇場/東京二期会)
●ヴィンチェンツォ・ベッリーニ『清教徒』【新制作】
2021年9月10日(金)、11日(土)、12日(日) 新国立劇場オペラパレス
指揮:柴田真郁/演出:松本重孝
藤原歌劇団公演
●ジュゼッペ・ヴェルディ『イル・トロヴァトーレ』【新制作】
2022年1月29日(土)・30日(日) 東京文化会館
2022年2月5日(土)愛知県芸術劇場
指揮:山下一史/演出:粟國淳
日本オペラ協会公演
●伊藤康英『ミスター・シンデレラ』【新制作】
2022年2月19日(土)・20日(日) 新宿文化センター
指揮:仲田淳也/演出:高木達
宮本明 Akira Miyamoto
東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。『レコード芸術』『音楽の友』『GRAND OPERA』など音楽雑誌の編集部勤務を経て、2004年からフリーランスの音楽ライター、編集者として活動。雑誌、インターネット媒体への寄稿、音楽書籍の編集、CD録音の監修・制作など、形態を問わず音楽関連の仕事を手がけている。