2020 / 12 / 23
クラシック音楽の祭典「東京・春・音楽祭」が2021年も開催
今年も上野の春に「東京・春・音楽祭」が帰ってくる!
桜とともに春の訪れを告げるクラシック音楽界の風物詩「東京・春・音楽祭」。東京文化会館をメイン会場に、室内楽からオーケストラ・コンサート、オペラまで、内外の豪華アーティストによる多様なコンサートが1か月にわたって繰り広げられる大規模音楽祭だ。2020年の前回開催は新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、予定されていた公演のほとんどが中止を余儀なくされてしまったが、このほど、2021年の開催決定という、うれしい知らせが届いた!
17回目の開催となる「東京・春・音楽祭 2021」は2021年3月19日(金)から4月23日(金)まで。原稿執筆時点で概要が発表されている公演は47本だが、今後さらに、恒例のミュージアム・コンサート(美術館・博物館での公演)などが加わる予定だ。12月上旬に発表された開催概要にもとづいて、見どころ・聴きどころをみてみよう。
文:宮本明(音楽ライター)
『パルジファル』から『マクベス』まで充実のオペラ公演
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東京春祭ワーグナー・シリーズ(2019.04.05《さまよえるオランダ人》)©東京・春・音楽祭実行委員会/青柳 聡
最初にオペラ公演から。東京春祭注目の「ワーグナー・シリーズ」は、2010年のシリーズ第1回で取り上げた『パルジファル』を上演して2クール目に入る(4月2、4日/演奏会形式)。指揮は2014〜17年の『ニーベルングの指環』四部作で貫禄を示した巨匠マレク・ヤノフスキが再登場。その『ジークフリート』で圧倒的な歌唱を聴かせた現代屈指のヘルデンテノール、アンドレアス・シャーガーも帰ってきて、題名役を歌う。2019年にスタートした、本家バイロイト音楽祭総裁カタリーナ・ワーグナーの肝いり企画「子どものためのワーグナー」も『パルジファル』(3月27、28、31日、4月3、4日)。
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イタリア・オペラ・アカデミー in 東京(2019.03.30 リハーサルより)©東京・春・音楽祭実行委員会/青柳 聡
リッカルド・ムーティ指揮のヴェルディ『マクベス』(4月19、21日/演奏会形式)は、ムーティのライフワークとなっている「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」の一環。マクベス役にムーティの秘蔵っ子ルカ・ミケレッティ(バリトン)、マクベス夫人役に2017年デビューの新星アナスタシア・バルトリ(ソプラノ)と、若手注目歌手が登場するのが楽しみ。
この公演に向けての約1週間のリハーサルがそのまま、アカデミー受講生のための講義となる。今回はその指揮受講生たちが指揮する「若い音楽家による『マクベス』」も実現(4月20日/抜粋/演奏会形式)。こちらは題名役を、いまや日本のプリモ・バリトン青山貴が歌う。
「アカデミー」には今回さらに新たな展開も。日本のオーケストラの首席級を中心に、このアカデミーのために集められた特別編成の若いオーケストラ「東京春祭オーケストラ」をムーティが振るコンサートが、ムーティのたっての希望で加わった。上野を飛び出して、2つのホールでの公演が音楽祭の掉尾を飾る(4月22日・ミューザ川崎、4月23日・紀尾井ホール)。
昨年スタートする予定だった「プッチーニ・シリーズ」は『ラ・ボエーム』で仕切り直し(4月15、18日/演奏会形式)。関連するコンサートとして、プッチーニを特集する「ディスカヴァリー・シリーズ」も(3月21日)。
また、シリーズ第4弾となる「ベンジャミン・ブリテンの世界」でも、子どもたちによる上演を想定して書かれたオペラ『ノアの洪水』を上演する(4月11日)。名物の「マラソン・コンサート」も、『ヘンゼルとグレーテル』で知られる没後100年のオペラ作曲家エンゲルベルト・フンパーディンクという、渋いところにスポットを当てた(4月10日)。
コンサートは昨年延期になったプログラムも
一方、コンサートも注目プログラムが目白押しだ。音楽祭の幕を開けるのはブルーノ=レオナルド・ゲルバーのピアノ・リサイタル(3月19、27日)。じつは音楽祭初日の3月19日はゲルバーの80歳の誕生日。円熟の巨匠がベートーヴェンを中心に2つのプログラムを弾く。ピアノでは、オリ・ムストネン(4月6日)、デジュー・ラーンキ(4月17日)、そして2018年のショパン国際ピリオド楽器コンクール第2位で活躍の場を広げている川口成彦(4月12日)が、中止になった前回に予定されていたのと同じプログラムで「リベンジ」を果たしてくれる。青柳いづみこと高橋悠治のデュオによる「物語」がテーマの一夜も注目(4月13日)。
室内楽公演は盛り沢山で枚挙にいとまがないが、なかでは、これも昨年から延期になった2つの公演に注目したい。児玉桃(ピアノ)がヨーロッパの仲間たちとメシアンの『世の終わりのための四重奏曲』を弾くコンサート(4月14日)。そして郷古廉(ヴァイオリン)と加藤洋之(ピアノ)がスタートさせる新シリーズ「Geist und Kunst(精神・芸術)」。初回は横坂源(チェロ)を迎えてのプログラム(4月16日)。
声楽関連のコンサートも例年どおり充実している。歌曲リサイタルは、アンドレアス・シャーガー(テノール/3月25日)、エギルス・シリンス(バス・バリトン/3月26日)、クリスティアン・ゲルハーヘル(バリトン/3月28日)、マルクス・アイヒェ(バリトン/4月9日)と、そうそうたる顔ぶれだ。カウンターテナーの藤木大地がギターの荘村清志と共演する「にほんの歌を集めて」(3月20日)は深く心に染みそうだ。
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ミュージアム・コンサート「東博でバッハ」(2019.03.23 東博でバッハ vol.43 小林美恵)©東京・春・音楽祭実行委員会/青柳 聡
今回から実施される全プログラムのライブ・ストリーミング配信
今回、新たな試みとして実施されるのが、全プログラムのライブ・ストリーミング配信だ(有料)。発想のスタートは、感染症の影響に考慮したものだろう。人との接触を避けたい場合や、状況によっては万が一再び客席の入場人数が制限された場合でも、好きな場所でコンサートの様子を楽しむことができる。もちろん、住まいが遠方の人など、さまざまな事情で会場に直接足を運びづらいファンにも大いに利用しがいのある試みだ。
配信の対象は「イタリア・オペラ・アカデミー」の講義を除く全公演。実施されるのはリアルタイムのライブ配信のみで、「再放送」に当たる、公演後のアーカイブ配信(見逃し配信)はない。視聴チケットの購入方法など詳細は2月頃に発表予定。現時点で映像や音声のスペックは不明だが、「東京・春・音楽祭」実行委員長の鈴木幸一氏の「本職」は、日本のインターネット接続サービスの草分けである株式会社インターネットイニシアティブ(IIJ)の会長兼CEOだから、そのあたりの技術的なクォリティにも期待できるのではないか。
振り返ってみれば、新型コロナウイルスの流行初期と重なった前回2020年の東京春祭。あのあとすぐに、コンサートが行なわれないことのほうが日常の数か月がやってきたわけだけれど、あの頃はまだ、次々と公演中止が発表されていく音楽祭公式サイトを眺めては茫然としていたことを思い出す。かろうじて開催された数少ない公演のひとつを訪れた際(夏以降に「ニュー・ノーマル」となる、入場口での検温を体験したのはそのときが初めてだった)、見た目にも明らかに憔悴して客席に沈み込む鈴木実行委員長の姿を見て、もしかしたら音楽祭がこのまま終わってしまうのではないかという危惧さえも頭をよぎった。
しかし「東京・春・音楽祭」は帰ってくる。もちろん感染拡大がまだまだ予断を許さない状況のなか、さまざまな不確定要素や今後の変更の可能性も含まれているだろうけれども、まずは率直に、音楽祭開催を喜びたい。そして、全日程が無事に終了するよう、私たちファン一人ひとりも、自分のできる感染防止対策を着実に心がけたいものだ。
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桜の街の音楽会(無料のミニ・コンサート)東京文化会館キャノピーにて ©東京・春・音楽祭実行委員会/飯田耕治
東京・春・音楽祭2021
期間:2021年3月19日(金)~4月23日(金)
会場:東京文化会館、東京藝術大学奏楽堂(大学構内)、旧東京音楽学校奏楽堂、上野学園石橋メモリアルホール、国立科学博物館、東京国立博物館、東京都美術館、上野の森美術館 他
2021年1月11日よりチケット順次発売予定※チケット発売延期
詳細はこちらをご覧ください。
宮本明 Akira Miyamoto
東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。『レコード芸術』『音楽の友』『GRAND OPERA』など音楽雑誌の編集部勤務を経て、2004年からフリーランスの音楽ライター、編集者として活動。雑誌、インターネット媒体への寄稿、音楽書籍の編集、CD録音の監修・制作など、形態を問わず音楽関連の仕事を手がけている。