2018 / 06 / 04
第39回橘秋子賞決まる
【オデット】

(写真提供:公益財団法人橘秋子記念財団)
本年度の橘秋子賞は、特別賞が酒井はな、優秀賞が中村祥子に決定し、5月14日、授賞式がおこなわれた。特別賞はバレエ界に大きな功績のあった人に、優秀賞は「今が旬」のアーティストに送られる(現在は隔年。審査員は山野博大、うらわまこと、伊地知優子)。
橘秋子記念財団の橘秋子賞は、日本バレエ協会の服部智恵子賞と並んで、日本のバレエ界で最も大きな賞である。橘秋子は、日本バレエの母と呼ばれるエレーナ・パヴロワに師事した、日本バレエ界のパイオニアのひとりで、牧阿佐美の母である。
来賓たちは口をそろえて「今年の受賞者はとくに華やか」と述べていたが、たしかに、酒井はなは牧阿佐美バレヱ団で活躍した後、新国立劇場の初代プリマとして大活躍したバレリーナだ。近年は夫の島地保武とユニットを結成して、コンテンポラリーダンスの世界で活動している。中学高校時代には雑誌「オリーブ」のモデルを務めたという美貌のダンサーである。次に述べる中村とは対照的に、よく自分のことを「純国産」と言っている。
その中村祥子はローザンヌ国際バレエコンクールでスカラシップ賞を受賞し、シュトゥットガルト・バレエ学校に留学した後、シュトゥットガルト・バレエに入団したが、靱帯断裂で帰国し、リハビリ生活を余儀なくされた。だがその後、ウィーン国立バレエでソリストをつとめ、ベルリン国立バレエでは6年間プリンシパルとして踊った後、ハンガリー国立バレエに移籍した。これだけ海外で活躍したバレリーナは吉田都くらいしかいない。
だが3年前に帰国し、Kバレエのプリンシパルとして活躍している。日本人離れした長い手足を生かしたダイナミックな表現は他の追従を許さない。昨年も熊川哲也の創作『クレオパトラ』に主演して大きな話題を呼んだ。ハンガリー人のダンサーと結婚し、夫は彼女のために自分のキャリアを諦めて全面的に妻をサポートしているという夫婦関係もテレビで取り上げられ、話題になった。
筆者は式典の類やパーティーが苦手で、めったに出席しないのだが、今回は授賞式に参加した。酒井はなの実家は私の家の近くで、何度か、新宿駅でばったり会い、おしゃべりしながら湘南新宿ラインでいっしょに鎌倉まで帰ったことがあった。彼女は新国立劇場での稽古の帰りだったのだろう、途中で寝てしまった。授賞式の後のパーティーでそのことを話したら、彼女もよく覚えていた。
一方、中村祥子の住まいは私の大学の近くなので、通勤する途中、大学の近くのコンビニで何度も見かけたことがあったのだが、コンビニでサンドイッチを買っている世界的バレリーナにいきなり声をかけるのは憚られたので、この機会にちゃんとお話ししたいと思っていたのである。
つい個人的事情を書いてしまったが、誰もが納得できる受賞であることを強調しておきたい。(鈴木晶(舞踊評論家))
鈴木 晶 Sho Suzuki
法政大学名誉教授、早稲田大学大学院客員教授。舞踊史家。著書に『オペラ座の迷宮』『バレエ誕生』他多数。訳書にスヘイエン『ディアギレフ 芸術に捧げた生涯』、ゲイ『フロイト』、フロム『愛するということ』他多数。現在、「ミュージカル映画の黄金時代」を執筆中。「ダンスマガジン」他に舞踊評を寄稿。