2019 / 02 / 19
東京二期会オペラ劇場『金閣寺』本番直前リハーサル・レポート

公開を目前に控えてリハーサルにも熱が入る。音楽をまとめる指揮者のマキシム・パスカル(左)と演出を担当する宮本亜門(中央)。
三島由紀夫原作・黛敏郎作曲のオペラ『金閣寺』を宮本亜門が演出する東京二期会オペラ劇場の注目公演が、いよいよ目前に迫った。このプロダクションはフランス国立ラン歌劇場と二期会の共同制作で、フランスではすでに昨年3~4月に初演され、全7公演がすべて完売という大成功を収めている。都内の稽古場に、直前のリハーサルの様子を取材した。
三島由紀夫の代表小説を原作とするオペラ『金閣寺』は、ベルリン・ドイツ・オペラによる委嘱作品で、歌詞はドイツ語。1976年に同劇場で初演された。黛の回想によれば、小説のオペラ化の許可と台本の執筆を頼みに三島のもとを訪れたのが1970年。三島は台本については固辞したが、「初演の時は喜んで見に行くよ」と作曲自体は快く許可したという。しかし二人が会ったのはそれが最後となる。その年の11月に陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自決した三島が、完成したオペラを見ることはなかった。

主人公・溝口演じる与那城敬(左)と柏木役の山本耕平(右)
取材に訪れたリハーサルは、ダブルキャストのうち、溝口役を与那城敬(バリトン)、柏木役を山本耕平(テノール)が演じる、2月23日の出演キャストたちによるピアノ伴奏の通し稽古だった。
主人公・溝口は、すべての場面で心の深層を吐露するような、内面的な難しい役だ。父から「美そのもの」だと教え込まれていた金閣寺を、いつしか憎み、火を付けるまでの心象の表現。しかも全幕を通してほぼ出ずっぱりなので、声楽的な負担も少なくないはずだ。役と真摯に向き合う与那城のノーブルな声は、舞台に切羽詰まった緊張感をみなぎらせている。その溝口と対峙するのが、彼を誘惑するメフィストフェレスのような役どころの友人・柏木である。テノールとっては珍しい悪役。いつもは二枚目の王子にこそぴったりな山本の甘い美声が、ここではなんとも卑劣に響く。しかしその役柄どおり、どこか惹かれてしまう悪魔的魅力を振りまいている。

主人公・溝口(右)とヤング溝口演じる木下湧仁(左)
今回の演出には、宮本亜門が新たに創造した役がある。黙役のダンサーが演じる「ヤング溝口」がそれ。少年時代の溝口の象徴である彼と、大人になった溝口とが常に並行に描かれることで、溝口の内面を表現してゆく(金閣寺が焼かれるとき、その美を絶対視していた少年時代の溝口もまた滅びなければならない)。演じる中学生の少年ダンサー(この日は木下湧仁)の動きがキレキレ。異分子が弾けるような刺激とテンポを舞台に与えている。ちなみにフランス公演では、もっと年長の成人ダンサーが演じたという。リアルな「少年」が起用されたことで、二人の存在の棲み分けが、より明確になっているのではないだろうか。

女を演じる冨平安希子(右)と2人の男たち
溝口のもう一人の分身とも言える友人・鶴川(髙田智士)や、父(小林由樹)、母(林正子)、道詮和尚(畠山茂)がそれぞれに存在感を示すなか、非常に限られた出番ながら強烈なインパクトを残すのが、若き日の溝口が好意を寄せていた有為子(嘉目真木子)と、溝口がその有為子の生まれ変わりと感じた美しい「女」(冨平安希子)だ。特に「女」が最初に登場する南禅寺の茶会のシーン(第1幕9景)は、幻想的でエロティックな、原作でも最も印象的な、三島ワールド全開の場面。嘉目と冨平は、ダブルキャストの一方の公演では、それぞれ役を入れ替えて全日程に出演する。これは有為子と「女」のイメージを重ね合わせて描いた原作の意図を巧みに反映した、オペラの台本にはない、キャスティングのファインプレイと言えそうだ。ちなみに嘉目は今回のフランス初演にも出演して「女」を、2015年の神奈川県民ホールのプロダクションでは有為子を歌っていた。

二期会合唱団による壮大な合唱も見どころのひとつ
そして、このオペラのもう一方の主役とも言えるのが合唱(二期会合唱団)。古代ギリシャ劇のコロスのような物語の進行役であり、ある時は群衆であり、音楽上でこの作品の重要な特徴のひとつである経文も唱える。終幕の最後、禅宗の経文である「楞厳呪(りょうごんしゅう)」の合唱が導くクライマックスの迫力には鳥肌が立った。この部分の音楽は、オーケストラも変拍子で複雑に絡み合ってスリリング。その場面で、三島の原作が溝口に生きることを選ばせたのに対して、黛はそこを明確には示していない。そこを宮本はどう描くか。マッチを手に「僕はついに、自分自身からも自由になったのだ」と叫んで寺に近づいてゆく溝口の末路は、公演を見てのお楽しみだ。
音楽全体をシュアにまとめているのは、1985年生まれのフランスの新鋭マキシム・パスカル。すでにヨーロッパの主要歌劇場でキャリアを積むとともに、パリ高等音楽院在学中に結成したオーケストラ「ル・バルコン」を率いて現代音楽にも精力的に取り組んでいる。昨年11月にはパリで、ル・バルコンによるカールハインツ・シュトックハウゼンのオペラ『光』の全曲上演プロジェクトを開始して大きな話題になった(全7部作・総演奏時間28時間におよぶこのプロジェクトは2024年に完遂予定)。2017年にはパリ・オペラ座バレエ団日本公演に同行して初来日しており、今回が日本でのオペラ・デビューとなる。フランソワ=グザヴィエ・ロトの秘蔵っ子で、東京のあとはすぐに香港へ行き、ル・シエクルを振って『幻想交響曲』『レリオ』など、オール・ベルリオーズ・プロを披露するという。
具象としての「金閣寺」が舞台上にどのように出現するのかなど、演出の全貌は稽古場でのリハーサルからはわからなかったけれども、演出家・宮本亜門の「熱さ」はひしひしと伝わってくる。稽古前にはドイツ語指導の外国人コーチのもとへ足を運び、一語一語の意味を念入りに確認、それをもとに演技をつける。再演なのだから、すべて手のうちに入っているはずなのに、もっと何かできるはずという思いにかられるのだろう。稽古終了後には、合唱に、次にソリストたちに、身振り手振りを交えながら、延々1時間にも及ぼうかという念入りな「ダメ出し」。「自分でも、いい年したオヤジのくせに、と思うんだけど、逆に、『熱い』以外のやり方がわからなくて」と笑うが、その熱さこそが、出演者はもちろん、聴衆の心も動かすのだろう。フランス初演時の舞台写真を見ると、CG映像の投影や、衣裳の色によるキャラクター付けなどもあるようで、おそらくは音楽の輪郭をいっそう際立たせ、聴衆の理解を助けるたくさんの仕掛けがある。開幕はまもなくだ。
宮本明(音楽ライター)
リハーサルとインタビューの模様はこちらよりご覧ください。
東京二期会オペラ劇場(フランス国立ラン歌劇場との共同制作)《新制作》
オペラ「金閣寺」
日時:2019年2月22日(金)18:30/23日(土)14:00/24日(日)14:00
会場:東京文化会館 大ホール
原作:三島由紀夫
台本:クラウス・H・ヘンネベルク
作曲:黛 敏郎
指揮:マキシム・パスカル
演出:宮本亜門
装置:ボリス・クドルチカ
衣裳:カスパー・グラーナー
照明:フェリーチェ・ロス
映像:バルテック・マシス
合唱指揮:大島義彰
溝口:宮本益光(22日・24日)与那城敬(23日)
鶴川:加耒徹(22日・24日)髙田智士(23日)
柏木:樋口達哉(22日・24日)山本耕平(23日)
父:星野淳(22日・24日)小林由樹(23日)
母:腰越満美(22日・24日)林正子(23日)
道詮和尚:志村文彦(22日・24日)畠山茂(23日)
有為子: 冨平安希子(22日・24日)嘉目真木子(23日)
若い男: 高田正人(22日・24日)高柳圭(23日)
女:嘉目真木子(22日・24日)冨平安希子(23日)
娼婦:郷家暁子(22日・24日)中川香里(23日)
ヤング溝口(ダンサー):前田晴翔(22日・24日)木下湧仁(23日)
合唱:二期会合唱団
管弦楽:東京交響楽団
ご予約・お問合せ
チケットスペース03-3234-9999/二期会チケットセンター03-3796-1831
宮本明 Akira Miyamoto
東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。『レコード芸術』『音楽の友』『GRAND OPERA』など音楽雑誌の編集部勤務を経て、2004年からフリーランスの音楽ライター、編集者として活動。雑誌、インターネット媒体への寄稿、音楽書籍の編集、CD録音の監修・制作など、形態を問わず音楽関連の仕事を手がけている。(PHP出版)。