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【クラシック大全】
10大オペラ名作劇場~ドン・ジョヴァンニ
初回放送 11月14日(土)21:00~24:10

©Bill Cooper
英国ロイヤル・オペラのオペラ監督を務める1973年生まれのカスパー・ホルテンが2014年2月に新演出した初演の舞台映像。2015年9月の来日公演でもお披露目されたプロダクション。ホルテンの演出は独創的な解釈で知られるが、この舞台では主人公のイマジネーションの中で起こるバーチャルな物語として全編にわたり、プロジェクション・マッピングが登場人物の心の揺れ、切迫する叫びや張り詰めた恐怖を映し出す。ラストの「地獄落ち」では、全員に去られたドン・ジョヴァンニに孤独という天罰が下る。タイトルロールは現代最高のドン・ジョヴァンニと謳われるポーランドのマリウシュ・クヴィエチェン。レポレッロはベルガモ生まれの人気者アレックス・エスポージト。ドンナ・アンナは注目の美人ソプラノ、マリン・ビストレム。ドンナ・エルヴィーラには気品ある容姿と端正な歌唱で古楽でも活躍するフランスのソプラノ、ヴェロニク・ジャンス。ドン・オッターヴィオにはイタリア注目の若手テノール、アントニオ・ポーリ。そして人気急上昇中の新進気鋭ソプラノ、エリザベス・ワッツがツェルリーナを歌う。指揮は、サンフランシスコ・オペラ音楽監督を務めるイタリアの指揮者ニコラ・ルイゾッティ。
[出演]マリウシュ・クヴィエチェン(ドン・ジョヴァンニ)アレックス・エスポージト(レポレッロ)マリン・ビストレム(ドンナ・アンナ)アントニオ・ポーリ(ドン・オッターヴィオ)ヴェロニク・ジャンス(ドンナ・エルヴィーラ)エリザベス・ワッツ(ツェルリーナ)ダーヴィト・キンバーグ(マゼット)アレクサンドル・ツィムバリュク(騎士長)ジョセフィン・アルデン(エルヴィーラの召使)
[演目]モーツァルト:2幕のドランマ・ジョコーゾ『ドン・ジョヴァンニ(罰せられた放蕩者、あるいはドン・ジョヴァンニ)』K.527
[演出]カスパー・ホルテン
[指揮]ニコラ・ルイゾッティ
[演奏]ロイヤル・オペラハウス管弦楽団及び同合唱団、ニコラ・ルイゾッティ(フォルテピアノ/通奏低音)ポール・ウィングフィールド(チェンバロ/通奏低音)ジョージ・アイヴス(チェロ/通奏低音)
[収録]2014年2月13日ロイヤル・オペラハウス(ロンドン)
初回放送 11月7日(土)21:00~24:05

©1979 Gaumont / France 2 Cine´ma (France) / Filmproduktion Janus (Allemagne)
1970年代パリ・オペラ座の黄金期を作った伝説の総監督ロルフ・リーバーマンが発案し、『恋』『パリの灯火は遠く』の鬼才ジョゼフ・ロージーが監督した映画。スペインのドン・ファンの物語をヴェネツィアの色事師カサノヴァに置き換え、大掛かりなイタリア野外ロケを敢行。その美しくもダイナミックな映像美は、オペラと映画の両方の醍醐味が満喫でき.る。撮影は『ドクター・モローの島』『ハイランダー悪魔の戦士』の英国の名カメラマン、ジェリー・フィッシャー、美術は『天井桟敷の人々』『おしゃれ泥棒』『アパートの鍵貸します』のフランス最高峰、アレクサンドル・トロネール。ルッジェーロ・ライモンディ、キリ・テ・カナワ、テレサ・ベルガンサ、ホセ・ファン・ダムなど、1970年代パリ・オペラ座の人気歌手による見た目も声も役柄にぴったりな演技と歌唱が素晴らしい。指揮は当時40代半ばのロリン・マゼール。演奏はパリ・オペラ座管弦楽団。
[出演]ルッジェーロ・ライモンディ(ドン・ジョヴァンニ)ホセ・ファン・ダム(レポレッロ)エッダ・モーザー(ドンナ・アンナ)キリ・テ・カナワ(ドンナ・エルヴィーラ)テレサ・ベルガンサ(ツェルリーナ)ケネス・リーゲル(ドン・オッターヴィオ)マルコム・キング(マゼット)ジョン・マカーディ(騎士長)エリック・アジャーニ(黒衣の召使)
[演目]モーツァルト:2幕のドランマ・ジョコーゾ『ドン・ジョヴァンニ(罰せられた放蕩者、あるいはドン・ジョヴァンニ)』K.527
[台本]ロレンツォ・ダ・ポンテ
[監督]ジョゼフ・ロージー
[撮影]ジェリー・フィッシャー
[美術]アレクサンドル・トロネール
[指揮]ロリン・マゼール
[演奏]パリ・オペラ座管弦楽団及び同合唱団、ジャニース・レイス(チェンバロ)
[制作]1979年
初回放送 11月28日(土)21:00~24:25

©Herwig Prammer
2014年3月にウィーンで大きな話題を呼んだツィクルスから『ドン・ジョヴァンニ』。「カタログの歌」「手を取り合って」「シャンペンの歌」「ぶってよ、マゼット」「セレナード」「薬屋の歌」「私の恋人を慰めて」など有名なアリアや重唱が満載。この番組では、アーノンクールと手兵のオリジナル楽器集団ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスがオーケストラピットの中に入り、歌手たちは演技をしながら、時に楽譜を見ながらの熱演を繰り広げる。小さな劇場空間の演奏会形式は、モーツァルト音楽の魅力が全面に打ち出され、演出に左右されることなく、心ゆくまで『ドン・ジョヴァンニ』の音楽が堪能できる。歌手も、若手を中心にアーノンクールファミリーが集結。今まさに旬の勢いが感じられる歌手たちにも注目。
[出演]アンドレ・シューエン(ドン・ジョヴァンニ)ルーベン・ドローレ(レポレッロ)クリスティーネ・シェーファー(ドンナ・アンナ)マイテ・ボーモン(ドンナ・エルヴィーラ)マリ・エリクスメン(ツェルリーナ)マウロ・ペーター(ドン・オッターヴィオ)ミカ・カレス(マゼット&騎士長)
[演目]モーツァルト:2幕のドランマ・ジョコーゾ『ドン・ジョヴァンニ(罰せられた放蕩者、あるいはドン・ジョヴァンニ)』K.527
[演出&映像監督]フェリックス・ブライザッハ
[指揮]ニコラウス・アーノンクール
[演奏]ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス、アルノルト・シェーンベルク合唱団
[収録]2014年3月17日&19日アン・デア・ウィーン劇場
『ドン・ジョヴァンニ』の楽しみ方
オペラに登場する悪漢の中でも最も魅惑的で悩ましく、呆れ果てるような大胆さに溢れたキャラクターが『ドン・ジョヴァンニ』だ。部類の女好きで、自分の欲望を隠そうとせず生きたいように生きる騎士ドン・ジョヴァンニは、ジャコモ・カサノヴァがモデルであるという説もある。モーツァルトが台本作家ダ・ポンテと組んで作曲した、いわゆる「ダ・ポンテ三部作」の中でも最もダークな雰囲気を持つ物語だ。
放埒で傲岸不遜な主人公の魅力
ドン・ジョヴァンニの殺人事件から始まり、殺された騎士隊長が石像の幽霊となって復活するシーンまで、オペラは張りつめた魅力を放ち続ける。何があっても傲岸不遜な生き様を変えようとしないドン・ジョヴァンニは、館でのクレイジーな宴会の前にハイテンションな「シャンパンの歌」を歌い、さらに新しい女を誘惑するために、甘ったるい「おいで窓辺に~ドンのセレナーデ」を歌う。侍従レポレロが、主人のプレイボーイぶりを面白おかしく歌う「カタログの歌」では、ドン・ジョヴァンニがヨーロッパ中で女性たちを征服し、1003人もの相手とことに及んだリストが読み上げられる。放埓で快楽主義的な主人公の生き方に、憧れを抱く男性も多いはずだ。
キャラクターの異なる3人のソプラノも見どころ
このダーク・ヒーローに魅了される3人の女性を、キャラクターの異なる3人のソプラノが演じる面白さも大きな見どころ。ドン・ジョヴァンニに父親である騎士隊長を殺されるドンナ・アンナは「椿姫」さながらのリリックな歌声を披露し、主人公と三日間だけ結婚していた嫉妬深いドンナ・エルヴィーラは、バロック・オペラのような四角張ったメロディを情念のこもった深い声で歌う(メゾ・ソプラノによって歌われることも)。そして、花嫁でありながら騎士ドン・ジョヴァンニの前で若い女の魔性を発揮するツェルリーナは、軽めのソプラノが瑞々しい歌声を聴かせる。それぞれが向かっていく運命もバラバラで、モーツァルトがいかに多彩な女性の心の種類を知っていたかがうかがえるのだ。
前代未聞のユニークな設定であるだけに、演劇的な見どころも多いが、ヴィジュアル的に最も昂揚するのは、終盤の地獄堕ちのシーンだろうか。悪は消滅し、善人が生き残る…それでもこのオペラが余韻として伝えるのは、主人公ドン・ジョヴァンニのあまりに大きな魅力と自由な生き様なのだ。
小田島久恵(音楽ライター)
小田島久恵 Hisae Odashima
音楽ライター。岩手県出身。クラシック、オペラ、演劇、バレエ、コンテンポラリー・ダンス等についての公演評、アーティスト・インタビューを執筆。著作に『オペラティック!』(フィルムアート社)。共著『クラ女のショパン』(河出書房新社)。
©Bill Cooper