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【クラシック大全第2章】弦楽の世界

放送日時 7月13日(水)21:00~22:30
1994年生まれの若きチェリスト、エドガー・モローの瑞々しいチェロ、室内楽での活躍も目覚しい鬼才クェンティンの透明なピアノが2015年のヴェルビエ音楽祭に感動と興奮を巻き起こした。若きブラームスの暗い情熱がこもったチェロ・ソナタ第1番。元々独奏ホルンとピアノための曲であるシューマン『アダージョとアレグロ』。フランスの作曲家プーランクが遺した唯一のチェロ・ソナタ。そして20歳前後のショパン若き日の室内楽『序奏と華麗なるポロネーズ』。2人の若きパリジャンの煌く感性が眩しいロマン派と20世紀フランス音楽の旅。フォーレの有名な『夢のあとに』までお見逃しなく。
[演目]ブラームス:チェロ・ソナタ第1番ホ短調Op.38、シューマン:アダージョとアレグロ変イ長調Op.70、プーランク:チェロ・ソナタFP.143、ショパン:序奏と華麗なるポロネーズ ハ長調Op.3、フォーレ:夢のあとにOp.7-1
[チェロ]エドガー・モロー
[ピアノ]ジュリアン・クェンティン
[収録]2015年7月24日ヴェルビエ教会「ヴェルビエ音楽祭2015」
初回放送 7月20日(水)21:00~22:25
1987年中国生まれのピアニスト、ユジャ・ワンと1981年フランス生まれのチェリスト、ゴーティエ・カプソン。超売れっ子同士がガチンコで組むデュオは、掛け合いの面白さ、自由と閃き、カプソンのイケメンぶりとユジャ・ワンの衣裳など、見た目も聞く耳もスリル満点。意外なまでの旋律性と抒情性を漂わせるショスタコーヴィチのチェロ・ソナタは、カプソンの完璧なコントロールと輝かしい美音、成熟した音楽性に注目。一方、ラフマニノフのチェロ・ソナタは有名な『ピアノ協奏曲第2番』の直後に作曲さ れ、チェロ以上にピアノに大役が課せられているが、ここではユジャ・ワンの自由奔放で優雅、力強いピアノを堪能いただく。20世紀を代表するチェリスト、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチのためにアルゼンチン・タンゴの作曲家アストル・ピアソラが作ったチェロとピアノのための『グラン・タンゴ』は、リズムに乗った2人が絡まるコンビネーションと高揚感が室内楽の興奮を堪能させてくれる。
[演目]ショスタコーヴィチ:チェロ・ソナタ ニ短調Op.40、ラフマニノフ:チェロ・ソナタ ト短調Op.19、アストル・ピアソラ:グラン・タンゴ
[チェロ]ゴーティエ・カプソン
[ピアノ]ユジャ・ワン
[収録]2013年7月30日ヴェルビエ教会「ヴェルビエ音楽祭2013」
初回放送 7月6日(水)21:00~22:45
1981年アルゼンチン生まれの若手チェリスト、ソル・ガベッタと1969年エクサンロヴァンス生まれの人気ピアニスト、エレーヌ・グリモーという2人の美しき女性アーティストが、2012年ベルリンのフィルハーモニーで行ったデュオ・リサイタル。ガベッタの力強さと繊細さ、フレーズの美しさ。そして彼女を包み込むかのようなグリモーの構えの大きなピアノ。2人が寄り添い、時に主張し合い、共に音楽を奏でる喜びにあふれた姿が、ステージセンターのスポット照明の中で、美しく映し出される。アンコールのブロッホとラフマニノフまでお見逃しなく。
[演目]シューマン:幻想小曲集Op.73、ブラームス:チェロ・ソナタ第1番ホ短調Op.38、ドビュッシー:チェロ・ソナタ ニ短調、ショスタコーヴィチ:チェロ・ソナタ ニ短調Op.40、ブロッホ:3つのスケッチ『ユダヤの生活から』~第1曲
「祈り」、ラフマニノフ:チェロ・ソナタ ト短調Op.19~第3楽章「アンダンテ」
[チェロ]ソル・ガベッタ
[ピアノ]エレーヌ・グリモー
[収録]2012年12月17日フィルハーモニー(ベルリン)
初回放送 7月27日(水)21:00~21:35
20世紀を彩る巨匠たちのテレビ向けに収録された音楽番組を中心に、伝説のアーティストの動きや表情までを生き生きと映し出す貴重映像。16歳で衝撃的デビューを飾り「天才女流チェリスト」として世界的に活躍するも、26歳で多発性硬化症のた めに引退し、42歳の若さで亡くなったジャクリーヌ・デュ・プレ。この番組は、ウィグモアホールでのデビューの1年後の1962年、母イリスのピアノ伴奏で、まだ17歳の彼女の演奏をBBCスタジオで収録した貴重映像。そのジャクリーヌ・デュ・プレがモスクワで師事した巨匠が、20世紀最大のチェリスト、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ。この番組では1970年パリで収録されたベートーヴェン「『魔笛』の主題による12の変奏曲」をお楽しみいただく。ピアノはマリア・カラス晩年の友人として知られるギリシャ人女流ピアニスト、ヴァッソ・デヴェッツィ。
[演目]メンデルスゾーン:無言歌ニ長調Op.109、グラナドス(ガスパール・カサド編曲):歌劇『ゴイェスカス』~間奏曲、サン=サーンス:アレグロ・アパッショナートOp.43
[チェロ]ジャクリーヌ・デュ・プレ
[ピアノ]イリス・デュ・プレ
[収録]1962年2月4日BBCスタジオ(ロンドン)
[演目]ベートーヴェン:『魔笛』の主題による12の変奏曲ヘ長調Op.66
[チェロ]ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ[ピアノ]ヴァッソ・デヴェッツィ
[収録]1970年11月2日フランス国立放送スタジオ(パリ)
チェロの魅惑
チェロは「実存主義者の楽器」と呼ばれることがある。ほぼ人の身体と同じ大きさで、ヴァイオリンのようなきらびやかな高音からコントラバスのような太い低音まで表現することが出来、奏者に抱かれるように演奏される。弦楽器の中でも最も人間的な性質をそなえており、その音は人の声にも譬えられる。ゴーティエ・カプソンは自分の楽器を「24時間一緒にいる恋人のようなもの」と呼んでいた。「チェロはあまりに楽器と一体化する感覚が魅惑的で、自分には官能的すぎた」と自伝で語っていたのはピアニストのエレーヌ・グリモー。この楽器のために書かれたあらゆる無伴奏ソナタを聴くと、言葉よりも真実にせまった、言葉以上の饒舌さを感じる。弦楽四重奏では最も哲学的なパートを担当し、ピアノとの共演では、どんなデュオよりもイマジナティヴなダイアローグを聴きとることができる。前述のグリモーが、チェリストのソル・ガベッタと共演した「DUO」は、二人の少女が裸足で野原を駆け巡っているような、ワイルドで心湧きたつ音楽だった。
ミッシャ・マイスキーのようなスター・チェロ奏者が弾くチャイコフスキーの「ロココの主題による変奏曲」と、ピーター・ウィスペルウェイのような”魔術師”によるバッハの無伴奏ソナタでは、もはや同じ楽器にすら聴こえない。まさに奏者の「声」だ。フランスの鬼才ジャン=ギアン・ケラスが先日日本で演奏したラッヘンマンや細川俊夫、ブーレーズなどの現代音楽プログラムは、まだ聴衆が聴いたことのないチェロのエキセントリックな音がふんだんに詰め込まれていた。ホワイトノイズのような、帚で掃除をするような、死刑台のエレベーターのような、熊蜂がぶーんと飛ぶような…そんな音も全て、チェロで表すことが可能だ。
チェロといえば思い出す伝説のソリストも、永遠のアイコンとして人々の記憶の中に生きている。ジャクリーヌ・デュ・プレの熾烈な情熱や、ロストロポーヴィチの物語るような饒舌で温かい音は、クラシックの永遠の宝石だ。彼らのチェロは聴くものを強く抱擁するような魔力があり、聴くまでは気づかなかった不思議な渇望の感覚を目覚めさせる。一度魅了されてしまったら、チェロ中毒になるしかない。そんな底なしの楽器なのである。
小田島久恵(音楽ライター)
小田島久恵 Hisae Odashima
音楽ライター。岩手県出身。クラシック、オペラ、演劇、バレエ、コンテンポラリー・ダンス等についての公演評、アーティスト・インタビューを執筆。著作に『オペラティック!』(フィルムアート社)。共著『クラ女のショパン』(河出書房新社)。
©Aline Paley