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【クラシック大全第2章】弦楽の世界
放送日時 8月3日(水)~ 毎週水曜21:00~
リオ・デ・ジャネイロ生まれのエイトル・ヴィラ=ロボス(1887~1959)は、ほぼ独学でありながら、西洋音楽の語法にブラジル独自の音楽を取り込む独創的なスタイルを確立し、ブラジル発のクラシック音楽の真価を世界に知らしめた作曲家。『ブラジル風バッハ第5番』が代表作で、生涯に1000を越える作品を残した。弦楽四重奏曲は近年とみに評価が高まっており、17曲全てが美しく、さらに親しみやすさからアバンギャルドまで、さまざまなテイストが楽しめる。
この番組は、ボサノヴァの大御所アントニオ・カルロス・ジョビンを発掘したブラジルの偉大な作曲家の名を冠した弦楽四重奏団であるクアルテート・ハダメス・ジナタリが、「リオの豊かな文化財と日々積み重ねた歴史をインストゥルメンタルのハーモニーに反映させる」という彼らのコンセプトの下、かつて大統領が居住していたカテテ宮殿(共和国博物館)、ラランジェイラス宮殿、パリ・オペラ座をモデルにした市立劇場というリオ・デ・ジャネイロの名所で、2010年7月から2011年5月にかけて全17曲を映像収録。ヴィラ=ロボス博物館の協力で楽譜の改訂や修正を行い、ヴィラ=ロボス弦楽四重奏曲全集としては唯一の映像。第1番~第4番は20代のヴィラ=ロボスがアマゾンへの放浪から戻って本格的に作曲を開始した頃の作品。第5番は1931年、パリ留学から帰国後の作曲家40代半ばの重要作。
[演目]ヴィラ=ロボス:弦楽四重奏曲
[演奏]クアルテート・ハダメス・ジナタリ(第1ヴァイオリン:カーラ・リンコン、第2ヴァイオリン:フランシスコ・ロア、ヴィオラ:フェルナンド・テバルディ、チェロ:ウーゴ・ピルガー)
[収録]2010年7月~2011年5月リオ・デ・ジャネイロ
ブラジル風ベートーヴェン
この夏、リオデジャネイロ・オリンピックが開催される。となれば、これを機にブラジルの音楽に注目しようという声も挙がろうというもの。クラシック音楽でブラジルの作曲家といえばなんといってもヴィラ=ロボスだ。1887年、リオデジャネイロ生まれのヴィラ=ロボスは中南米が生んだ最大の作曲家と位置づけられている。
そんなヴィラ=ロボスの弦楽四重奏曲全17曲が放映されると聞いて驚いた。なんと、そんなにもたくさんの弦楽四重奏曲を書いていたとは。交響曲とは違い、小規模で親密な空間を前提とした弦楽四重奏曲には、作曲家の個人的告白のような趣がある。作曲家のその時々の作風をこれほど率直に反映するジャンルもないだろう。ベートーヴェンが16曲の弦楽四重奏曲を書いたように、またショスタコーヴィチが15曲の弦楽四重奏曲を書いたように、ヴィラ=ロボスも弦楽四重奏曲を書き続けた作曲家だったのだ。
いったいヴィラ=ロボスはどんな曲を書いたのか。大いに気になって、第1番から順にたどってみたところ、これが実に楽しい。作曲家の持つさまざまな顔が入れかわり立ちかわり姿を見せてくれるのだ。
弦楽四重奏曲第1番以降の初期の作品群にはフランス的な印象主義のテイストが強く感じられる。ラヴェルやドビュッシーの弦楽四重奏曲がお好きな方なら、きっと興味深く味わうことができるはず。そもそもヴィラ=ロボスはパリに渡って大成功を収めた作曲家だった。
弦楽四重奏曲第5番、第6番あたりになると、ヴィラ=ロボスの名から連想されるようなラテン的な色彩が際立ってくる。作風も明快で、シャレたムードも漂う。
しかし、第7番以降はラテン色は薄まり、モダニズム風の険しさが前面に出てくる。たとえるならバルトーク。ときにはショスタコーヴィチやプロコフィエフあたりも連想させるだろうか。辛口路線は第10番あたりまで続く。
そして、第11番以降は肩の力が抜けてくるというべきか、多様な書法が混じり合って、手慣れた円熟味を感じさせるようになる。フランス風だったり、モダンだったり、ラテン的だったり、新古典主義風だったり。晩年を迎えた作曲家は自由を獲得し、書きたいものを書いている。
ヴィラ=ロボスの名は、ブラジル民俗音楽をバッハの精神で扱った連作「ブラジル風バッハ」で広く知られている。もし弦楽四重奏曲にキャッチフレーズをつけるとすれば、「ブラジル風ベートーヴェン」でどうだろうか。
飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)
飯尾 洋一 Yoichi Iio
音楽ジャーナリスト。著書に『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシック』(廣済堂新書)、『クラシックBOOK この一冊で読んで聴いて10 倍楽しめる!』(三笠書房・王様文庫)他。雑誌、ウェブメディア、プログラムノートへの執筆や放送などで幅広く活動中。
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