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【クラシック大全第2章】振付家でみる名作バレエ~ジョージ・バランシン
初回放送 11月7日(月)21:00~22:10
2005年秋にパリ・オペラ座ガルニエ宮で上演された『ジュエルズ』の魅力を、バランシン・トラストのバーバラ・ホーガンによる解説と共に、パリ・オペラ座バレエ芸術監督ブリジット・ルフェーブルと世界的衣裳デザイナーのクリスチャン・ラクロワ、そして本公演で踊った女性ダンサーたちのコメントで綴ったドキュメンタリー。バランシンが愛したミューズたちを念頭に振付けた『ジュエルズ』は、それぞれの宝石を踊る女性たちが見どころ。ダンサーからみた『ジュエルズ』の視点は注目。クリスチャン・ラクロワはどのようなコンセプトでオリジナルのカリンスカから衣裳を刷新したのかも含め、パリ・オペラ座バレエ『ジュエルズ』公演と併せてご覧いただくと、この公演の見どころと作品に対する理解度が一段と深まる。
[出演]アニエス・ルテステュ、オレリー・デュポン、レティシア・プジョル、クレールマリ・オスタ、マリ=アニエス・ジロ、ブリジット・ルフェーブル(パリ・オペラ座バレエ芸術監督)クリスチャン・ラクロワ(衣裳デザイナー)バーバラ・ホーガン(バランシン・トラスト)ピエール・カヴァッシラス(映像監督)
[監督]ライナー・M・モリッツ
[制作]2006年
初回放送 11月14日(月)21:00~22:40

『エメラルド』©Francette LEVIEUX - Opéra national de Paris

『ルビー』© Francette LEVIEUX - Opéra national de Paris

『ダイヤモンド』© Francette LEVIEUX - Opéra national de Paris
20世紀の巨匠ジョージ・バランシンが宝石の美しさに魅了されて創作したバレエ。エメラルド、ルビー、ダイヤモンド3つの宝石をモチーフにした3部構成で、バランシンが愛したフランス、アメリカ、ロシアへのオマージュを3人の異なる作曲家の作品を用いて表現。見どころは宝石の煌きのごとく次々と現れるスターダンサーたち。パリ・オペラ座が誇るエトワールが踊る情感溢れたステージはまさに美の極地。パリ・オペラ座のエレガンスが堪能できる番組。
●エメラルド
[出演]カデル・ベラルビ、マチュー・ガニオ、レティシア・プジョル、クレールマリ・オスタ、エレオノラ・アバニャート、ノルウェン・ダニエル、エマニュエル・ティボー 他
[音楽]フォーレ:付随音楽『ペレアスとメリザンド』『シャイロック』より抜粋
●ルビー
[出演]オレリー・デュポン、マリ=アニエス・ジロ、アレッシオ・カルボーネ 他
[音楽]ストラヴィンスキー:ピアノと管弦楽のためのカプリッチョ
●ダイヤモンド
[出演]アニエス・ルテステュ、ジャン=ギョーム・バール、イザベル・シアラヴォラ、エミリー・コゼット 他
[音楽]チャイコフスキー:交響曲第3番ニ長調Op.29第2楽章~第5楽章
[振付]ジョージ・バランシン
[指揮]ポール・コネリー
[演奏]パリ・オペラ座管弦楽団
[収録]2005年10月&11月パリ・オペラ座ガルニエ宮
初回放送 11月21日(月)21:00~22:40
1940年代半ばから1950年代初めにニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)で活躍したバレリーナ、タナキル・ルクレールは、ジョージ・バランシンとジェローム・ロビンスという20世紀アメリカを代表する2人の振付家に、ダンサーとして、女性として愛された。この番組は、“タニー”の愛称を持つ彼女の生涯を、当時を知る人々のインタビューや秘蔵映像、そしてタニーとロビンスの間で交わされた書簡で綴る渾身のドキュメンタリー。
1929年フランス人の父とアメリカ人の母との間にパリで生まれたタニーは、ニューヨークでバランシンが設立したアメリカン・バレエ学校に入学。長い手足とスリムな長身、誰もが魅了される美貌の彼女は、弱冠15歳でその才能を見出され、バランシンのミューズとして、『シンフォニー・イン・C』『ラ・ヴァルス』『コンチェルト・バロッコ』『ウェスタン・シンフォニー』といった名作が生まれる原動力になる。タニーは25歳年上のバランシンと結婚するが、1956年ヨーロッパツアー中にポリオに感染し、下半身不随となって27歳の若さでダンサー生命を断たれる。その後、バランシンは17歳のスザンナ・ファレルに夢中になり、タニーと離婚。車椅子の彼女は、ダンス・シアター・オブ・ハーレムの講師などをしながら、一人力強く生きていく。
タニーの悲劇は有名だが、ロビンスとの関係やポリオになってからの半生はあまり知られていない。車椅子の彼女の人生を赤裸々に捉えるホームビデオは、リアルに胸に迫る。死ぬまでバランシンについての取材を一切拒否し、バランシンとロビンスの死を見届け、2000年に71歳で亡くなったタナキル・ルクレールの真実。ハリウッドでは彼女の伝記映画が製作されるよう。
[主な演目]『シンフォニー・イン・C』『ラ・ヴァルス』『コンチェルト・バロッコ』『くるみ割り人形』『ウェスタン・シンフォニー』『アゴン』『ドン・キホーテ』『真夏の夜の夢』(ジョージ・バランシン振付)『牧神の午後』(ジェローム・ロビンス振付)『コン・アモーレ』(リュー・クリステンセン)『クレオール・ジゼル』(フレデリック・フランクリン振付)他より
[出演]ジャック・ダンボワーズ(元ダンサー)バーバラ・ホーガン(前バランシン・トラスト)ランディ・ブルシャイト(友人)アーサー・ミッチェル(「ダンス・シアター・オブ・ハーレム」芸術監督)パット・マクブライド・ルサダ(友人)他
[監督&脚本]ナンシー・バースキー
[制作]2013年
初回放送 11月28日(月)21:00~22:40
ストーリーを排除し、音楽と舞踊の究極の融合を追求したバランシンの傑作バレエ『ジュエルズ』を、ヴァレリー・ゲルギエフが芸術総監督を務めるロシアの至宝、11月に来日するマリインスキー・バレエが華やかに魅せる!特に、ロパートキナとゼレンスキーが舞う『ダイヤモンド』は絶品。『エメラルド』のアユポワや『ルビー』のゴールプなどスターダンサーの舞踊にも注目。指揮はベルリン・フィルやウィーン・フィルなど超一流オーケストラとの共演実績もある若手ホープ、トゥガン・ソフィエフ。
●エメラルド
[出演]ジャンナ・アユポワ、デニス・フィルソフ、ダリア・スホルコワ 他
[音楽]フォーレ:付随音楽『ペレアスとメリザンド』『シャイロック』より抜粋
●ルビー
[出演]イリーナ・ゴールプ、アンドリアン・ファジェーエフ、ソフィア・グメロワ 他
[音楽]ストラヴィンスキー:ピアノと管弦楽のためのカプリッチョ
[ピアノ]リュドミラ・スヴェシニコワ
●ダイヤモンド
[出演]ウリヤーナ・ロパートキナ、イーゴリ・ゼレンスキー 他
[音楽]チャイコフスキー:交響曲第3番ニ長調Op.29第2楽章~第5楽章
[振付]ジョージ・バランシン
[指揮]トゥガン・ソフィエフ
[演奏]サンクトペテルブルク・マリインスキー劇場管弦楽団
[収録]2006年4月サンクトペテルブルク・マリインスキー劇場
筋立てのない、音楽とバレエの融合~バランシンの「観る音楽」
観る音楽。バレエ史上もっとも重要な振付家のひとりであるジョージ・バランシン(1904〜1983)の作品を一言で説明するとしたら、それ以外の言葉は思い当たらない。
一般に「バレエ」と聞いてまずイメージされるのは19世紀に多数生まれた“チュチュとトウシューズを身に着けたバレリーナ”のフェアリーテイル(おとぎばなし)だが、20世紀に入るとバレエはそこから大きく二つに枝分かれして発達してゆく。一つは、フェアリー=妖精ではなく人間の恋愛物語として、よりリアルで濃厚な感情を描く『ロミオとジュリエット』のようなドラマティックな作品。つまり「セリフではなく踊りで語る演劇」である。そしてもう一つは、筋立てをなくし、音楽と身体の動きという舞踊の本質だけに純化した作品。プロットレス・バレエとも呼ばれるこのジャンルを確立し、現代的に洗練された名作の数々によって、今も世界を魅了し続けているのがバランシンなのである。
バランシンはしばしば美術におけるピカソ、音楽におけるストラヴィンスキーに例えられる。伝統を知り抜いているからこそ革新者たり得た点でも才能のスケールの点でも、まさに当を得ているが、特にストラヴィンスキーとは、父子ほど年齢は違うものの長年に渡って親しい関係にあり(作曲家の死まで、それは続いた)、そこから『アゴン』(1957)、『シンフォニー・イン・スリー・ムーヴメンツ』(1972)『ヴァイオリン・コンチェルト』(同)などが生まれた。バランシンの作品の中でももっとも先鋭なのがこれらの傑作で、男女ともにシンプルな白と黒の練習着で上演されることから、俗に“ブラック・アンド・ホワイト・バレエ”とも呼ばれている。
1930年代にアメリカに渡り、ニューヨーク・シティ・バレエの設立者として革新的な作品を発表し続けたバランシンは、じつは、帝政末期のサンクト・ペテルブルクに生まれ育った、ロシア古典バレエの申し子ともいうべき存在でもあった。それを象徴するのが、主にチャイコフスキーに振り付けた『テーマとヴァリエーション』(1947)『バレエ・インペリアル』(1941)など。革命によって永遠に失われた帝政時代の絢爛たる劇場文化への思慕を湛えた“チュチュとティアラの”バレエではあっても、そこにあるのは埃を被った大時代的な装飾性ではない。ダンサーたちは古典バレエの厳密な技法を“More!”(より高く、大きく、速く)というバランシン流の美学によってダイナミックにこなし、ひたすら動きによって華麗さを表現してゆくのである。
いずれの作品でも目を見張らされるのが、音楽とステップの緊密な対応である。たとえば『アゴン』のパ・ド・ドゥでは、オープニングのファンファーレの華々しい期待感が高いキックや床を滑るような回転に変換され、男性が床に寝転んでの前代未聞のパートナリングや女性が大胆に開脚してのリフトなど、初演から半世紀以上が経った今観ても、じつに独創的でスリリングである。そしてなによりこの異次元の世界の秘儀のような振付は、ストラヴィンスキーの音楽 ― 十二音音楽の要素を取り入れて聞き手の意識の結び目を脅かすような危うさをはらみつつも、形式的にはバロック舞曲のスタイルを踏襲している―を、そのまま写し取ったものなのである。
バランシンは他にも、バッハ、モーツァルト、ヒンデミット、ビゼーなどの名曲に振り付けているが、その芸術の本質を一望しようというなら、『ジュエルズ』をお勧めする。
ストラヴィンスキーの「ピアノと管弦楽のためのカプリッチョ」を用いた『ルビー』、チャイコフスキーの「交響曲第3番」を用いた『ダイヤモンド』の前に、これもバランシンが愛したフランス・バレエの伝統を彷彿させるフォーレの数曲を用いた『エメラルド』を配した本作は、「筋のない全幕バレエ」とも呼べるもので、この振付家の破格の才能を堪能しつつ、バレエ芸術が最初に劇場で花開いたパリ、20世紀中葉のニューヨーク、19世紀末のサンクト・ペテルブルクという歴代のバレエの首都を旅していくような、豊かな感興を与えてくれる。『ダイヤモンド』のあの全員での荘厳なフィナーレを迎える頃には、おそらく誰もが少し背筋を延ばし、胸を熱くしているはずである。
長野由紀(舞踊評論家)
長野由紀 Yuki Nagano
1990年代初頭から、舞踊評論、翻訳に携わる。ダンスマガジン(新書館)、日本経済新聞、Dance Europe(London)、公演プログラム等に寄稿。テレビ番組の解説、カルチャーセンター講師等を務める。著書に『バレエの見方・新装版』(新書館)他、訳書に『バランシン伝』(テイパー著、新書館)、絵本『ブロントリーナ』(ハウ著、同)、共訳書に『オックスフォードバレエダンス事典』(平凡社)。また新国立劇場バレエ団オフィシャルDVD BOOKSシリーズ(世界文化社)の編集アドヴァイザーを務めた。
©Martha Swope