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【クラシック大全第2章】弦楽の世界
初回放送 11月3日(木・祝)21:00~22:55
ハンガリーのバルトークとボヘミアのマーラーという東欧圏の作曲家を楽しむ2014年6月バイエルン放送交響楽団定期演奏会。指揮は1975年モントリオールに生まれ、フィラデルフィア管弦楽団音楽監督、そしてニューヨークのメトロポリタン歌劇場次期音楽監督として、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの指揮者ヤニック・ネゼ=セガン。この番組は、BRCLASSIK(バイエルン放送のレーベル)からリリースされた、このコンビによるCD「マーラー:交響曲第1番」(ライブ録音)の映像版。バルトークのヴァイオリン協奏曲第2番は、オーケストラの響きも色彩豊かな20世紀を代表するヴァイオリン協奏曲の名曲。ソリストは幼少より神童として知られた1971年アメリカ生まれのイスラエル人ギル・シャハム。この番組では1699年製ストラディヴァリウス“ポリニャック伯爵夫人”から奏でられる美しい音色と流麗なフレージングに注目。アンコールのバッハ「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番」より有名な「ロンド風のガヴォット」もお見逃しなく。マーラー28歳の若き日の交響曲第1番『巨人』は、バイエルン放送響にとって実演・録音共に経験豊富な楽曲。
[演目]バルトーク:ヴァイオリン協奏曲第2番Sz.112、J・S・バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番ホ長調BWV.1006~第3曲「ロンド風のガヴォット」、マーラー:交響曲第1番ニ長調『巨人』
[指揮]ヤニック・ネゼ=セガン
[演奏]バイエルン放送交響楽団、ギル・シャハム(ヴァイオリン)
[収録]2014年6月26日&27日ヘルクレスザール(ミュンヘン)
初回放送 11月10日(木)21:00~22:45
トゥガン・ソヒエフが、ストラヴィンスキーとカバレフスキー、ハチャトゥリアンというロシア東欧系作曲家の名曲を紹介した2015年4月のトゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団定期演奏会。トゥールーズ・キャピトル国立管音楽監督とボリショイ歌劇場音楽監督兼首席指揮者を務める1977年ロシア北オセチア生まれのソヒエフ。必見は、『剣の舞』やバレエ『スパルタクス』、近年では浅田真央選手がフィギュアスケートで使用した『仮面舞踏会』のアルメニア人アラム・ハチャトゥリアンが1940年に作曲したヴァイオリン協奏曲を熱演する、1985年アルメニア生まれの若きヴァイオリニスト、セルゲイ・ハチャトゥリアン。2000年シベリウス国際コンクール史上最年少優勝、2005年エリーザベト王妃国際音楽コンクール優勝の俊英は、20歳でこの楽曲を録音している。使用ヴァイオリンは日本音楽財団から無償貸与されたグァルネリ・デル・ジェス 1740年製ヴァイオリン「イザイ」。アンコールのアルメニア音楽は、100年前のアルメニア人大虐殺の犠牲者に捧げられた。
[演目]カバレフスキー:歌劇『コラ・ブルニョン』Op.24~序曲、ハチャトゥリアン:ヴァイオリン協奏曲ニ短調、コミタス・ヴァルダペット:カルンク、ストラヴィンスキー:バレエ『ペトルーシュカ』(1947年改訂版)
[指揮]トゥガン・ソヒエフ
[演奏]トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団、セルゲイ・ハチャトゥリアン(ヴァイオリン)
[収録]2015年4月18日アール・オ・グラン(トゥールーズ)
初回放送 11月17日(木)21:00~22:55
トゥガン・ソヒエフが、ヤナーチェクとマルティヌーという2人のチェコの作曲家とロシアのラフマニノフの名曲で観客を魅了した2014年11月トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団定期演奏会。モラヴィア(現在のチェコ東部)出身のヤナーチェク最晩年の『シンフォニエッタ』は村上春樹の小説「1Q84」に使われ、日本でも大ブームを巻き起こした。元々チェコスロヴァキア陸軍のために作曲され、5楽章構成は当初「ファンファーレ」「ブルノのシュピルベルク城」「ブルノの王妃の修道院」「古城に至る道」「ブルノ市役所」と標題が付けられていた。注目は、ボヘミア(現在のチェコ西部)出身のマルティヌーがアメリカに移住していた1952年に作曲した『ラプソディ・コンチェルト』。ヴィオラ奏者にとって数少ない協奏曲の重要レパートリーとして知られた名曲。1979年フランス生まれのアントワーヌ・タメスティットは現代最高の若手ヴィオラ奏者。ヴァイオリンよりも低めの豊かな音色で奏でられる。ラフマニノフの『交響曲第2番』は、『交響曲第1番』の歴史的失敗から『ピアノ協奏曲第2番』で見事に立ち直り、公私共に充実の時を迎えていた若き日の傑作。
[演目]ヤナーチェク:シンフォニエッタOp.60、マルティヌー:ヴィオラと管弦楽のためのラプソディ・コンチェルトH.337、ラフマニノフ:交響曲第2番ホ短調Op.27
[指揮]トゥガン・ソヒエフ
[演奏]トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団、アントワーヌ・タメスティット(ヴィオラ)
[収録]2014年11月26日アール・オ・グラン(トゥールーズ)
初回放送 11月24日(木)21:00~21:35
20世紀を彩る巨匠たちのテレビ向けに収録された音楽番組を中心に、音だけではわからない、伝説のアーティストの動きや表情までを生き生きと映し出す貴重映像。往年のファンには懐かしく、若いファンには新しい。
20世紀を代表する偉大なヴァイオリニストの一人で、映画『屋根の上のヴァイオリン弾き』のヴァイオリン演奏でも知られるアイザック・スターン。彼の伴奏者としても活躍したアレクサンダー・ザーキンとの小品集は、1965年パリで行われたフランスの若手音楽家のためのリサイタルからの映像です。フリッツ・クライスラーの名曲『美しきロスマリン』とイタリア後期バロックの作曲家フランチェスコ・ジェミニアーニの珍しい小さなソナタはもちろん、必見は、J・S・バッハ『無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番』より「アダージョ」と「フーガ」。殆どのヴァイオリニストが『無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ』に取り組む中、スターンは生涯に一度もレコーディングしなかった楽曲として、この映像は大変貴重。「フーガ」を弾くスターンの汗だくの顔のクローズアップは印象的です。モーツァルトの『アダージョ ホ長調K.261』は、ヴァイオリン協奏曲第5番『トルコ風』K.219の第2楽章の代用と考えられている楽曲。大規模なコンチェルトとは異なる、このような小さな佳曲でも、スターンのヴァイオリンは力強く色気があり、とても魅力的。
[演目]ジェミニアーニ:12のヴァイオリン・ソナタOp.1~第12番ニ短調、J・S・バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第1番ト短調BWV.1001~「アダージョ」「フーガ」、フリッツ・クライスラー:美しきロスマリン
[演奏]アイザック・スターン(ヴァイオリン)アレクサンダー・ザーキン(ピアノ)
[収録]1965年4月1日パリ
[演目]モーツァルト:アダージョ ホ長調K.261
[指揮]アレクサンダー・シュナイダー
[演奏]フランス国立放送室内管弦楽団、アイザック・スターン(ヴァイオリン)
[収録]1975年4月11日フランス国立放送スタジオ(パリ)
20世紀ロシア・東欧の風~歴史の中の音楽
長らく、ヨーロッパ音楽中心地はイタリアやフランス、ドイツだった。しかし、19世紀の半ば、ロシアや東欧、北欧といった周辺地域から、多くの魅力的な作曲家たちがあらわれる。「ロシア五人組」やドヴォルザーク、グリーグらに代表される「国民楽派」だ。彼らは、各地域の民謡や伝説を取り入れて、音楽先進国の作曲家たちとは違う力強さと美しさに満ちた作品を生み出し、民族意識の高まりに貢献した。彼らの方法は、20世紀に入るとさらに一般化する。リムスキー=コルサコフに学んだストラヴィンスキー、チェコ東部のモラヴィアの民族音楽を研究したヤナーチェク、ハンガリーの民族音楽を精力的に収集したバルトークらは、民族音楽や伝承を踏まえつつ、独自の音楽表現に到達した。ボヘミアでユダヤ人として生まれ、作品に民謡や俗謡の要素を取り入れたマーラーも、実は彼らと遠いところにいるわけではない。民族主義の存在感は、もはや西洋音楽の中で確固たるものとなっていた。
さて、1917年のロシア革命は、二度の大戦と並ぶ、20世紀の最も重要な事件のひとつだ。革命は音楽家たちの環境も激変させた。作曲家ではラフマニノフやストラヴィンスキー、演奏家ではクーセヴィツキーやハイフェッツといった人々が、ロシアを出て国外で活動するようになる。この、ロシアから西側へという人の流れは、彼ら自身の音楽だけでなく、西欧やアメリカの音楽シーンにも強い影響を与えた。
ソ連国内では、芸術は労働者や社会に貢献すべきだという硬直的な方針が台頭する。自由で進歩的な気風は抑圧され、革命や社会主義を称賛するわかりやすい作品が求められた。カバレフスキーのように、そのような方針に素直に従って名声を得た作曲家がいる一方、プロコフィエフやショスタコーヴィチは政治との軋轢に苦しむ。一方、多民族国家だったソ連において、民族主義的な音楽は奨励された。ロシア以外の民族出身の作曲家たちで最も成功したのは、アルメニア人のハチャトゥリアンだ。
東欧の20世紀はというと、ロシアとドイツという両大国に振り回される苦難の時代だった。第一次大戦後、オーストリア=ハンガリー帝国とオスマン帝国が解体し、ようやく独立を果たした東欧の国々は、そのわずか20年ほど後、第二次大戦が始まると、ドイツ軍によって次々と侵攻されることになる。バルトークは戦争を逃れてアメリカへ渡り、戦後まもなく貧困の内に世を去った。チェコのマルティヌーもアメリカへ逃げる。殺されたり、収容所に送られた音楽家たちもいた。戦後も苦難は終わらない。ソ連の支援で次々と社会主義政権が成立し、これらの国々はソ連の衛星国とされたのだ。マルティヌーは、それによってチェコへの帰国を断念し、スイスで世を去る。東欧の民主化は、1989年の東欧革命まで待たなければならなかった。
増田良介(音楽評論家)
増田良介 Ryosuke Masuda
音楽評論家。ショスタコーヴィチをはじめとするロシア・ソ連音楽、マーラーなどの後期ロマン派音楽を中心に、『レコード芸術』『CDジャーナル』誌、京都市交響楽団、東京都交響楽団などの演奏会プログラム、各社ライナーノート等に執筆。著書に『究極のオーケストラ超名曲徹底解剖66』(共著、音楽之友社)など。
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