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【クラシック大全第2章】振付家でみる名作バレエ〜マッツ・エックと北欧の振付家たち
初回放送 2月6日(月)21:00~22:55
鬼才振付家マッツ・エックの、全幕バレエとしては17年ぶりの新作。有名なプロコフィエフのバレエ音楽ではなく、チャイコフスキーのポピュラーな名曲から再構成。古典の新解釈はエック作品の特徴の一つ。『ジュリア&ロメオ』ではシェイクスピアの物語を、2011年「アラブの春」の象徴的出来事であるチュニジアの事件と重ね合わせ、2人の悲劇は時の社会や家族の構造の問題という斬新な解釈。ジュリアは、2000年ローザンヌ国際バレエコンクールでスカラシップ賞受賞の木田真理子。彼女は、この役で“バレエ界のアカデミー賞”ブノワ賞2014最優秀女性ダンサー賞を受賞し、2014年6月には同バレエ団最高位のプリンシパルに昇格するなど、今注目のダンサー。ベンヴォーリオには、木田のパートナーで同バレエ団第1ソリストの児玉北斗がダイナミックな舞踊を披露。スウェーデン王立バレエ団は1773年設立。パリ・オペラ座バレエ、デンマーク王立バレエ、マリインスキー・バレエに次ぐ、世界で4番目に古いバレエ団。本来2012年に主役に抜擢されていた木田は稽古中に負傷。エックは松葉杖の彼女に「ジュリアはあなたじゃないとできない」と励まし、彼女の復帰を待って上演された。
[振付&選曲]マッツ・エック
[音楽]チャイコフスキー:組曲第3番ト長調Op.55/幻想曲『テンペスト』Op.18/ピアノ協奏曲第1番変ロ短調Op.23/交響曲第5番ホ短調Op.64/組曲第1番ニ短調Op.43/イタリア奇想曲Op.45/幻想曲『運命』Op.77/マンフレッド交響曲Op.58/弦楽四重奏曲第1番ニ長調Op.11~第2楽章「アンダンテ・カンタービレ」(管弦楽編曲版)より
[指揮]アレクサンドル・ポリャニチコ
[演奏]スウェーデン王立歌劇場管弦楽団、ベングト=オーケ・ルンディン(ピアノ)
[出演]木田真理子(ジュリア)アンソニー・ロマルジョ(ロメオ)アルセン・メグラビアン(キャピュレット公)マリー・リンドクヴィスト(キャピュレット夫人)ニクラス・エック(ヴェローナ太守)アナ・ラグーナ(乳母)ジェローム・マルシャン(マキューシオ)児玉北斗(ベンヴォーリオ)スウェーデン王立バレエ団
[収録]2013年5月スウェ-デン王立歌劇場
初回放送 2月7日(火)21:00~22:10
バレエの振付はどのように作られていくのか。この番組は、スウェーデンの世界的振付家マッツ・エックの『ジュリア&ロメオ』の振付過程を追ったドキュメンタリー。2013年5月スウェーデン王立歌劇場で初演された『ジュリア&ロメオ』は、マッツ・エックの全幕バレエとしては17年ぶりの新作として大きな話題を呼び、主演の日本人ダンサー、木田真理子が“バレエ界のア カデミー賞”ブノワ賞2014最優秀女性ダンサー賞を受賞した。リハーサルスタジオではどのようなことが行われているのか。ダンサーたちは振付家のあふれ出るクリエイティヴィティにどのように対応しているのか。カメラはこの作品の初期段階から密着。彼の両親(父親は俳優アンドレアス・エック、母親はスウェーデンの国民的ダンサー&振付家ビルギット・クルベリ)についてのコメントもあり、彼の芸術を知る上で大変興味深い内容になっている。ここまで振付家の振付過程を暴露する番組は珍しく、その緊張感に満ちた現場は最後まで目が離せない。70歳を機に振付家としての引退を宣言したマッツ・エック(1945年生まれ)。彼の芸術の秘密を知る大変貴重なドキュメンタリー。
[出演]マッツ・エック(振付家)アナ・ラグーナ(乳母/マッツ・エック夫人)木田真理子(ジュリア)アンソニー・ロマルジョ(ロメオ)ジェローム・マルシャン(マキューシオ)児玉北斗(ベンヴォーリオ)ニクラス・エック(ヴェローナ太守)アルセン・メグラビアン(キャピュレット公)マリー・リンドクヴィスト(キャピュレット夫人)パスカル・ヤンソン(ティボルト)オスカル・サロモンソン(パリス)ダリア・イワノワ(ロザリンダ)ジョルゲン・ストヴィンド(ピーター)アレクサンドル・ポリャニチコ(指揮者)スウェーデン王立バレエ団
[収録]2012年9月~2013年5月スウェ-デン王立歌劇場他
[制作・編集・音楽]ビョルン・エリクソン
[制作・撮影・インタビュー]アンドレアス・ソダーバーグ
初回放送 2月13日(月)21:00~21:45
ヨーロッパのコンテンポラリー・ダンスの一大勢力といえる北欧諸国の中で、フィンランドの中心的存在がテロ・サーリネン。彼はフィンランド国立バレエでダンサーとして活躍した後、フランスのヌーヴェルダンスに大きな影響を与えたカロリン・カールソンや“フィンランドのダンス界の父”と評されるヨルマ・ウオッティネンの薫陶を受け、日本の大野一雄の舞踏を学び、1996年に自身のカンパニーを設立して本格的な振付活動を開始。2002年ヴェネツィア・ビエンナーレ委嘱による『ハント』は、ストラヴィンスキー『春の祭典』を使い、振付&ダンサーのサーリネンとマルチメディアアーティスト、マリア・リウリアとのコラボレーションによって生まれたソロ作品。彼は『春の祭典』初演100周年の2013年まで『ハント』全世界ツアーを敢行し、アジア、アフリカ、アメリカ大陸、ヨーロッパの32カ国82都市で174公演を行い、2002年の彼の初来日でこの作品が踊られた。この番組は、2013年5月フィンランド国立劇場で行われたツアーのファイナル公演を収録。必見は、サーリネンのエネルギッシュで伸びやかな振付と独特な身体語法、そして彼の肉体に照射されるマリア・リウリアの映像。彼と長年コンビを組むフィンランドを代表する照明デザイナー、ミキ・クントのドラマティックで緻密な舞台照明も見どころ。
[振付&出演]テロ・サーリネン
[マルチメディア]マリア・リウリア
[照明]ミキ・クント
[衣裳]エリカ・トゥルネン
[音楽]イーゴル・ストラヴィンスキー:バレエ『春の祭典』(エサ=ペッカ・サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団)
[収録]2013年5月22日&23日フィンランド国立劇場、2013年10月28日~31日YLEフィンランド放送スタジオ2(ヘルシンキ)
放送日時 2月20日(月)21:00~22:45
スウェーデンの鬼才アレクサンダー・エクマンが振付・演出したファンタスティックな舞台は、水が張られたステージ上でダイナミックな水しぶきとダンサーの肉体が躍動する第2幕が圧巻!この番組では、日本人ダンサー稲尾芳文の活躍に大注目。コール・ド・バレエには松井学朗の姿も。1000羽のゴムのアヒルも天から降ってくる、かなり奇抜で斬新な舞台。
[振付・演出・脚本・装置]アレクサンダー・エクマン
[音楽]ミカエル・カールソン
[衣裳]ヘンリック・ヴィブスコフ
[指揮]ペール・クリスチャン・スカルスタード
[演奏]ノルウェー国立歌劇場管弦楽団
[出演]ヤン・グン、ナル・ロイセ、フリチョフ・ソーハイム、クレール・コンスタン、エリザベス・タイゲ、フィリップ・クレル、稲尾芳文、カミラ・スピショ、ヤニフ・コーエン、メリッサ・ヒュー、アルネ・クリスティアン・ルウトゥ、エンマ・ロイド、カロヤン・ボヤジェフ、カタリーナ・チェン(ヴァイオリン/コンサートマスター)ノルウェー国立バレエ、ノルウェー国立バレエ学校の生徒たち[収録]2014年4月26日オスロ歌劇場(ノルウェー)
放送日時 2月27日(月)21:00~22:30
チャイコフスキーのバレエ『白鳥の湖』が、ストリートダンスと組み合わさった異色の舞台。スウェーデンの振付師フレデリック・ライドマンのアイデアで、強烈なビートと大編成のオーケストラをバックに、ブレイクダンスとクラシックバレエが融合!ストーリーの基本は『白鳥の湖』そのものだが、白鳥たちはドラッグ中毒の売春婦、ロットバルトはドラッグのディーラー。チャイコフスキーの音楽にラップやヒップホップが混在。ストーリーに即した振付の斬新さと奇抜なアイデアが面白く、誰が見ても最後まで飽きさせない。ユニークな「四羽の白鳥の踊り」やアクロバティックなブレイクダンスが炸裂する「黒鳥の32回のフェッテ」など見どころも満載。ヨーロッパ各国で大ヒットを記録。21世紀の『白鳥の湖』」と絶賛されたポップでスタイリッシュなパフォーマンスの数々。衝撃のラストは感動。
[振付&アイデア]フレデリック・ライドマン
[オリジナル音楽]チャイコフスキー
[音楽]アディアム・ダイモット、Eye N’I(PHより3)アーロン・フィリ、サレム・アル・ファキル、Lune、マネーブラザー、マリオ・ペレス・アミーゴ、スキッツ(ストックホルムシンドロームより)、フレデリック・ヴェンツェル
[装置]フレデリック・ベンケ・ライドマン&レーナ・エドヴァル
[グラフィックアート]ダニエル・“Mr.パペット”ブロムクヴィスト
[照明]リヌス・フェルボム&エマ・ヴァイル
[衣裳&メイキャップ]レーナ・エドヴァル
[出演]マリア・アンデルション、リサ・アーノルド、アレクサンドロ・ドゥフェン、ダニエル・コイヴネン、ロベルト・マルムボルグ、アンナ・ネストローム、マリオ・ペレス・アミーゴ、アンブラ・スッチ、フレデリック・ヴェンツェル、ジェニー・ヴィデグレン
[スウィング]エヴァ・ガードフォース
[収録]ダンスハウス(ストックホルム)
[制作]2016年
マッツ・エックの作風と影響力
北欧のバレエというと、まず多くの人が思い浮かべるのは、19世紀にデンマーク・ロイヤル・バレエで作られたオーギュスト・ブルノンヴィルの名作の数々だろう。『ナポリ』『コンセルヴァトワール』『ラ・シルフィード』、『ゼンツァーノの花祭り』のパ・ド・ドゥ等、独特の軽快なフットワークと清澄でときに微笑ましくもある物語は、特に20世紀後半以降“ブルノンヴィル・スタイル”として世界的に好まれてきた。
けれどもそれ以上に大きな ―破格の― 影響を現代のダンス・シーンに与えてきたのは、なんといってもマッツ・エックである。
エックは1945年、スウェーデン第三の都市マルメ生まれ。母は現代バレエの草創期を担った大振付家で、ストリンドベリ原作の『令嬢ジュリー』など社会性の強い名作を多数遺したビルギット・クルベリ。父は俳優のアンデルス・エック、兄ニコラスも長じてダンサーになるという環境で育った。マッツ自身のダンスへの開眼は決して早くなかったようだが、20代後半になって母が芸術監督を務める国立クルベリ・バレエに入団し、まもなく振付を手がけるようになった。
異色の振付家として世界的名声を獲得したのが、1980年代に発表した『ジゼル』(1982)と『白鳥の湖』(1987)だ。いずれも原典は誰もが知る19世紀の古典名作だが、エックはバレエの聖典のようなこの二作の既存のイメージに一切寄りかからず、それまで誰も触れなかった主人公の本質を前面に押し出したのだ。
たとえば『ジゼル』でヒロインの悲劇の元になったのは、彼女が“繊細で身体の弱い美女だったこと”ではなく“粗暴でエキセントリックで、そもそも共同体から浮いた存在だったこと”であるのを、剥き出しにして突きつける。『白鳥の湖』では、王子は悩めるロマンティストではなく、優柔不断なマザコン青年であると指摘した(看破した、と言ってもいいかもしれない)。そこでは白鳥オデットは男性の理想の投影=受動的な女性像ではなく王子を翻弄する攻撃的で身勝手な存在であり、通常はオデットと対をなすはずの黒鳥オディールもまた、彼の理想とはかけ離れている。
振付自体も、たいへんユニークだ。一見して印象に残るのは、子供の悪ふざけや本能的な反応にも似た、一種の幼児性とも見えるものだ。大きく四肢を延ばし全身をこわばらせた強い動きは、切迫した心理表現であるとともに、ユーモアやペーソス、あるいは不条理性すら漂わせる。その描写力に息を呑むしかないが、同時にそれは振付家自身が作中の人物に向ける共感の結晶でもあり、最も観る者の胸を打つ部分でもある。
エックのこの二作は、高尚だが問題意識に欠くとされる19世紀の古典と、現代社会との橋渡しをするものだ。そして振り返ってみれば、アパルトヘイトを取り上げた『ソウェト』(1977)や、母ビルギットの社会批判を含んだ文学性を思い出させる『ベルナルダ・アルバの家』(1978)のように抑圧を直接的なテーマとした初期の作品から、社会や家族の構造、人種の違いを若い恋人たちの悲劇の発端とした近作『ジュリア&ロメオ』(2015)に至るまで、エックの視線はつねに現代と個人とを冷徹に見つめるものでもあった。その視線の強さゆえに、観る者の懐に直接飛び込むインパクトのある作風が生まれ、それまでバレエに興味を示さなかった(あるいは幻滅していた)多くの観客を惹きつけた。そして、バレエ界の内部にも因習を打破する勇気を与え、マシュー・ボーンやジャン=クリストフ・マイヨーら後続の振付家がそれぞれ独自の古典改定で成功する端緒となったともいえるのではないだろうか。
今回は、さらに若い世代であるテロ・サーリネンの『ハント』(2002)、フレデリック・ライドマンの『白鳥の湖 リローデッド』(2011)、アレクサンダー・エクマンの『ある白鳥の湖』(2014)が併せて放映される。サーリネン作品はじつは『春の祭典』に基づくもので、奇しくもバレエ史を代表する名作の独自版が並ぶことになった。
なかでも、興味と怖れの相半ばする気持ちにさせられるのが、ふたつの『白鳥の湖』。エックが伝統の振付を離れることでパンドラの匣(はこ)を開き、ボーンが現代の都会の風俗やセクシュアリティを物語にすり合わせたことで、もはやその蓋は全開になった。ライドマンはパフォーミング・アーツにおいて「劇場」と対立する概念であった「ストリート」を拠りどころとし、魔法や幻想の要素を跡形もなく消し去った。そしてエクマンは神秘と死のイメージとして背景に描かれる湖の代わりに舞台に本物の水を張り、さらには『白鳥の湖』を『白鳥の湖』たらしめる、もはや最後の砦とも見えたチャイコフスキーの音楽さえ分断してみせたのだ。
2015年にエックの『Bye』を踊ってシルヴィ・ギエムが引退し、明けて2016年1月にはエックが自作の上演権を世界中から引き上げる方向であることを表明した。ひとつの時代の終わりを感じさせる今だからこそ、思い巡らさずにはいられない。
最後にこの匣の底に残るのは何なのだろう、と。
長野由紀(舞踊評論家)
長野由紀 Yuki Nagano
1990年代初頭から、舞踊評論、翻訳に携わる。ダンスマガジン(新書館)、日本経済新聞、Dance Europe(London)、公演プログラム等に寄稿。テレビ番組の解説、カルチャーセンター講師等を務める。著書に『バレエの見方・新装版』(新書館)他、訳書に『バランシン伝』(テイパー著、新書館)、絵本『ブロントリーナ』(ハウ著、同)、共訳書に『オックスフォードバレエダンス事典』(平凡社)。また新国立劇場バレエ団オフィシャルDVD BOOKSシリーズ(世界文化社)の編集アドヴァイザーを務めた。
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