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ティエリー・マランダン「バレエの夕べ」
初回放送 4月30日(日)21:00~22:05
フランスとスペインの大西洋側の国境近くの高級リゾート地ビアリッツを本拠地とするマランダン・バレエ・ビアリッツが、2012年バスク地方サン・セバスチャンのビクトリア・ユージニア劇場で行った、同団芸術監督ティエリー・マランダンが振付けたトリプル・ビル。ティエリー・マランダンは、パリ・オペラ座やナンシー国立バレエのダンサー出身の振付家。マランダン・バレエ・ビアリッツは、クラシックバレエとコンテンポラリーダンスを結びつける初の国立振付センターを作ろうというフランス文化・通信省の要請により、1998年に文化・通産省とビアリッツ市、バスク政府の共同でマランダンが創立した、国立振付センターを兼ねたバレエカンパニー。この公演のテーマは、フランス音楽とバレエ・リュスへのオマージュ。プログラムは、『牧神の午後』(1995年初演)『薔薇の精』(2001年初演)、そして2011年初演の『ある最後の歌』。「どんなにアバンギャルドであっても、ダンスはそのDNAの中に必ず古典的な伝統を持っている」と語るように、斬新でシンプル、そしてクラシカルなマランダンの振付は、その洗練された動きの中にさまざまなメッセージや情感を感じとることができる。
[演目]牧神の午後
[音楽]ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
[振付]ティエリー・マランダン
[装置&衣裳]ホルヘ・ガラルド
[照明]ジャン=クロード・アスキエ
[出演]アルノー・マウイ
[演目]薔薇の精
[音楽]ウェーバー(ベルリオーズ編曲):舞踏への勧誘Op.65,J.260
[振付]ティエリー・マランダン
[装置&衣裳]ホルヘ・ガラルド
[照明]ジャン=クロード・アスキエ
[衣裳]ヴェロニク・ミュラ
[出演]兼井美由季&ダニエル・ビスカヨ
[演目]ある最後の歌
[音楽]『宮廷の階段に~フランスの古いロマンスとコンプラント(哀歌)』よりヴァンサン・デュメストル(ル・ポエム・アルモニーク)編曲の音楽及び伝統的歌唱
[振付・装置・衣裳]ティエリー・マランダン
[照明]ジャン=クロード・アスキエ
[出演]イオネ・ミレン・アギーレ、ジュゼッペ・キアヴァーロ、ミカエル・コント、エリス・ダニエル、フレデリク・デベルト、兼井美由季、ハコブ・エルナンデス・マルティン、クレール・ロンシャン、シルヴィア・マガリャニス、アルノー・マウイ
[収録]2012年11月24日&25日ビクトリア・ユージニア劇場(サン・セバスチャン)
ティエリー・マランダン「バレエの夕べ」について
長いキャリア、実力と人気を誇るも日本でまだ大きく紹介されていない最後の振付家の一人、それがティエリー・マランダンだ。ネオクラシック・スタイルの代表者と目される彼の作品には、バレエのDNAが息づく精緻な身体のフィギュア、音楽と融け合うムーヴメントの美しさと、コンテンポラリーダンスの衝撃を与える斬新なコンセプトや衣装、舞台美術が絶妙に溶け合っている。
1959年北フランスに生まれたマランダンは、バレエを学び、1978年のローザンヌ国際バレエコンクールで入賞、翌年にパリ・オペラ座バレエ団のダンサーとなる。その1年後にライン・バレエ団(現ライン国立歌劇場バレエ団)、翌1980年にナンシー・バレエ団(現ロレーヌ・バレエ団)に移籍し、踊る傍ら、1984年に初振付作品を発表。作品はすぐに国内外で高く評価され、2年後にマランダンは同僚ダンサー8人と独立し、カンパニー「タン・プレザン」(「現在時」の意)をパリ郊外に設立する。それは、バレエの伝統を保ちつつ、困難な現代社会と向き合う、マランダンの決意表明だった。このカンパニーが発展し、1998年に文化省とビアリッツ当局からの提案を受けてマランダンが立ち上げたのが、ビアリッツ国立振付センター/バレエ・マランダン・ビアリッツだ。大半の芸術監督がコンテンポラリーやストリート系の振付家である全国19ヶ所の国立振付センターのなかにあって、マランダンは現在のバレエのありかたにこだわり、19年に渡る活動を続けてきた。現在カンパニーは、年間100公演(1/3が国外公演)、観客動員85,000人を誇り、ヨーロッパのダンスファンでその名を知らぬ者はいない。
今回放映されるのは、古典と前衛が共存するマランダンの魅力が存分に味わえる三作品。『牧神の午後』(1995)は、元は20世紀初頭に芸術界を席巻したバレエ団、バレエ・リュスの伝説的ダンサー、ニジンスキーが、1912年にドビュッシーの曲に振り付け、牧神役を踊った作品。跳躍も回転も封印した振付、逃げた妖精が残したベールで牧神が自らを慰めるセクシャルな表現が、公開当時に大スキャンダルを巻き起こした。ニジンスキー版に漂う真夏のシチリアの午後の気だるく噎せ返るような官能を、マランダンは無機質な室内で消費される現代のチープな愛欲へと変換してみせる。その衝撃度は、ニジンスキー版に負けていないので、お楽しみに。『薔薇の精』(2001)も、詩人ゴーチエの詩に想を得て1910年にフォーキンが振り付けたバレエ・リュス作品へのオマージュ。舞踏会から帰宅した娘が眠り込むと、胸に飾っていた薔薇から妖艶な薔薇の精が現れ、夢うつつの娘をダンスに誘う。このロマンティックな筋書きにマランダンはポップな新解釈を施し、美しい二人のダンサー、兼井美由季とダニエル・ビスカヨの鋭いテクニックと広がりのある表現力がシュールな幻想美を加えている。バレエ通なら、原版の振付の引用を探すのも楽しい二作品だ。
『ある最後の歌』(2011)では、古楽アンサンブル「ル・ポエム・アルモニーク」の精彩に富んだ演奏と伸びやかな歌唱にのせ、10人の男女が多彩なダンスを展開する。音楽と調和した振付に心地よく酔うなかで、複数のカップルの多様な愛の形、共同体に溢れる素朴で優しい感情、いつか訪れる別れと明日への希望の物語が、胸裏に浮かび上がってくるだろう。衣装も美術の一部となって象徴的な意味を担い、ラストシーンを劇的に彩る。
過去を否定せず、長い歴史の連続と断絶の相においてダンスを見つめ、学び、創造するマランダンの振付には、時に滑稽であっても、必死に前へと進んできた人間たちへの温かなまなざしが流れている。ダンス観が変わる、驚きに満ちた経験になるだろう。
岡見さえ(舞踊評論家)
岡見さえ Sae Okami
舞踊評論家。2004年より舞踊評の執筆を始め、現在は新書館『ダンスマガジン』、産経新聞、朝日新聞等にコンテンポラリーダンスやバレエの公演評、取材記事等を執筆する。
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