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その他7月の初放送番組
初回放送 7月11日(水) 21:00~22:15
「モーツァルトはピアノ三重奏曲を自分の楽しみのために書いた」。ムターのその言葉を裏付けるような、華やかさと親密な軽やかさを併せ持つ見事な番組。ピアノ協奏曲と室内楽の中間をいくようなモーツァルトのピアノ三重奏曲3曲を、ヴァイオリンの女王アンネ=ゾフィー・ムターと、指揮の巨匠でピアノの名手サー・アンドレ・プレヴィン(収録当時2人は夫婦)、この2人が認める若きチェリストのダニエル・ミュラー=ショットが豊かに奏でた2006年4月公演。この時期は、モーツァルト生誕250年に因んで、ムターが特にモーツァルト作品を集中的に取り上げていた。会場はモーツァルトが演奏旅行で立ち寄って演奏したマントヴァのビビエナ劇場。3曲のピアノ三重奏曲(K.502、K.542、K.548)は、3曲ともモーツァルト晩年の1788年(32歳)作。K.548の冒頭、ムターのヴァイオリンの濃厚な表情、強いダイナミクスに、モーツァルトの演奏としては……?と思うのも束の間、ウィーンの銘器ベーゼンドルファーを弾くプレヴィンの甘くまろやか、しかし小気味良いピアノとミュラー=ショットの2人を支えるチェロと共に溶けあい、愉悦に充ちた演奏になっていく。考えてみれば、モーツァルトが作曲したのは、宮仕えからフリーの音楽家としてウィーンに出た晩年の充実期。それだけに音楽の密度も強度も増して、むしろそうした演奏のエクスプレッションが曲の陰影の深さ、濃さにつながっていくことに気づかされる。指や弓をアップするカメラワークも、より劇性をアップさせているのかもしれない。K.542とK.502では、曲の性格もあって雄弁なピアノが主体となるが、3人の掛け合いとやりとりは自由になり、その分音楽そのものが大きく飛翔。どの曲も速→遅→速という3楽章構成で、両端楽章での晴れやかに駆け抜ける愉悦と、不思議な転調で途中にふっとさす影、また中間楽章のゆったりとした、美しくも透明な悲しみなど、3人の個性が存分に活きつつ、見事な「モーツァルト」像を描き出している。彼の音楽はどこまでも美しい…天国的なものであることを改めて実感する番組。
[演目]モーツァルト:ピアノ三重奏曲第6番ハ長調K.548/ピアノ三重奏曲第5番ホ長調K.542/ピアノ三重奏曲第4番変ロ長調K.502
[演奏]アンネ=ゾフィー・ムター(ヴァイオリン)サー・アンドレ・プレヴィン(ピアノ)ダニエル・ミュラー=ショット(チェロ)
[収録]2006年4月ビビエナ劇場(マントヴァ)
初回放送 7月24日(火) 21:00~23:15
ザルツブルク音楽祭といえば、ヨーロッパの夏の音楽祭を代表するビッグ・イベントとして毎年世界中の注目を集めるが、そのスタートは、オペラでもコンサートでもなく、この演劇『イェーダーマン』だった。1920年、演出家マックス・ラインハルトが、作家フーゴ・フォン・ホーフマンスタールや作曲家R・シュトラウスらの協力を得て始めた第1回ザルツブルク音楽祭の演目は、ホーフマンスタール作、ラインハルト演出による、この『イェーダーマン』だけだった。以降、ほぼ欠かさず上演され続けてきた、音楽祭の顔であり原点。番組は、その2013年の上演の模様。ホーフマンスタールといえば、『ばらの騎士』をはじめとするR・シュトラウスのオペラの数々の台本作家として知られている。イェーダーマン(Jedermann)は英語ならEveryman(エヴリマン)。つまり「どこにでもいる人間=つまりあなた」という意味。人間はみな、いつ死が訪れるかわからないのだから、日頃から正しい行ないに努めなければならない、という道徳劇。ザルツブルク音楽祭での上演は、毎年、大聖堂を背景にした特設ステージで行われる。本物の教会の鐘や、広場を囲む建物を使ってどこからともなく聞こえてくる呼び声など、この会場ならではの演出効果が楽しめる。オリジナルのラインハルト演出以降、さまざまな演出家が手がけてきたが、このジュリアン・クラウチとブライアン・メルテスによるプロダクションは、番組が収録された2013年に新制作初演された(2017年にはすでに新たなプロダクションに変わっている)。
[出演]コルネリウス・オボーニャ(イェーダーマン)ブリギッテ・ホブマイヤー(情婦)ペーター・ローマイヤー(死)サイモン・シュヴァルツ(悪魔)ユルゲン・タラッハ(マモン〈金の神〉)サラ・ヴィクトーリア・フリック(善行)ハンス・ペーター・ハルヴァクス(信仰)ユリア・グシュニツァー(イェーダーマンの母)パトリク・ギュルデンベルク(イェーダーマンの親友)ハンネス・フラシュベルガー(太った従兄弟)シュテファン・クライス(痩せた従兄弟)フリッツ・エッガー(債務者)カタリナ・シュテムベルガー(債務者の妻)ヨハネス・シルバーシュナイダー(貧しい隣人)ジクリット・マリア・シュニュッケル(料理人)フローレンティナ・ルッカー(神)
[演目]ホーフマンスタール『イェーダーマン~ある裕福な男の死』
[演出]ジュリアン・クラウチ&ブライアン・メルテス
[音楽監督&編曲]マルティン・ロウ
[振付]ジェシー・J・ペレス
[収録]2013年7月ザルツブルク大聖堂広場特設ステージ
パラツェット・ブル・ザーネ(Palazzetto Bru Zane)は、ヴェネツィアを本拠地として、1780年から1920 年頃までに作曲された知られざるフランスのロマン派音楽を紹介する振興団体。その音楽祭が、140年もの歴史を誇るパリのブッフ・デュ・ノール劇場で開催されている。この番組は、アルバニアからフランスに渡った鬼才ヴァイオリニスト、テディ・パパヴラミとベートーヴェンのスペシャリストであるフランスの名ピアニスト、フランソワ=フレデリック・ギィによる2015年6月5日公演。ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集をCDリリースした名コンビは、この映像では敢えて演奏中に目を合わせることもなく、一瞬の呼吸や動きだけで緻密なアンサンブルを作り上げる様が確認できる。孤高の芸術家たちのプロフェッショナルなセッションは圧巻。前半は主に1800年代初頭に作られた隠れた佳品集。『ザンパ』序曲が有名なエロール(エロルド)のヴァイオリン・ソナタ第2番は、パリ音楽院で名ヴァイオリニスト、ロドルフ・クロイツェルに師事したエロールの旋律美と楽しさ溢れる作品で、パパヴラミの粋なセンスが光る。女性作曲家エレーヌ・ド・モンジュルーのピアノソロは、114曲のエチュード集からの5曲。ギィの誠実な演奏がその美を明らかにする。ドイツ生まれながらロンドンやパリで活躍し、ペテルブルクのフランス・オペラ座の監督も務めたシュタイベルトのソナタOp.69は、爽やかな抒情と堅固な構築が魅力。メインのベートーヴェン『クロイツェル・ソナタ』の威力はやはり強烈。言わずと知れたヴァイオリン音楽の代表作で、パパヴラミとギィの静かな情熱と緊張感に満ちた演奏は頂点に達する。アンコールはフランスのロマン派作品から、まさかの“超有名曲”2曲。音楽祭のコンセプトからかけ離れた選曲は、二人のユーモアかも。
[演目]エロール:ヴァイオリン・ソナタ第2番、モンジュルー:エチュードNo.62/No.101/No.111/No.114/No.106、シュタイベルト:ソナタOp.69、ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第9番Op.47『クロイツェル』、マスネ:タイスの瞑想曲、サン=サーンス:白鳥
[ヴァイオリン]テディ・パパヴラミ
[ピアノ]フランソワ=フレデリック・ギィ
[収録]2015年6月5日ブッフ・デュ・ノール劇場(パリ)「パラツェット・ブル・ザーネ音楽祭」